最後のボス」の波瀾万丈な人生

野生のニホンザルが数多く生息する大分県高崎山。そこには史上最年少で群れのボスに君臨し、その後、雌ザルに恋をして追放されるものの、再びボスに返り咲いた伝説のニホンザルが存在しました。その名はベンツ。巨大群を統率した「最後のボス」の生涯はいったいどのようなものだったのでしょうか? cakesでは『消えた伝説のサル ベンツ』の序章を公開します。
野生のニホンザルがすむ、大分県の高崎山自然動物園で数々の伝説を残した、ボスザル「ベンツ」。ベンツは2014年1月に35歳(人間の年齢に換算すると100歳以上)でこの世を去ったのですが、その生涯はまさに波乱万丈なものでした。

最年少で群れのボスの座についたのに、対立する群れのメスに恋をして、あっという間にヒエラルキーの最下層に転落。しかし、仁義を守って仲間に支えられ、ふたたび別の群れのボスになる—まるで仁侠映画のような、「サル界」の常識では考えられないエピソードに彩られた伝説のサルなのです。そんなベンツの劇的な一生を描きだした異色のノンフィクション『消えた伝説のサル ベンツ』(緑慎也著・ポプラ社)が今月刊行されました。

ベンツは生前から多くのメディアに取り上げられて、全国に名を知られ、地元大分では知らない人はいないスーパースターとなりました。2冊目のベンツの本の刊行を記念して、4月16日に新規オープンした、地元の紀伊國屋書店アミュプラザおおいた店にて、ベンツの写真展も開催されています(4月16日~5月15日)。また、昨年12月に児童書として刊行された『高崎山のベンツ 最後の「ボスザル」』(江口絵理著・ポプラ社)は、子ども向けノンフィクションとしては異例の7千部をすでに売り上げています。

これほどまでに多くの人を魅了した、ベンツの魅力とは何なのでしょうか。本書は、ベンツの生涯をたどりながら、なぜベンツのようなサルが登場したのか、高崎山の歴史やサルの生態、人間とサルのかかわりなどにも深く言及していて、ベンツファンならずともおもしろく読める一冊となっています。cakesではその序章を公開中です。

 二〇一三年十二月十七日、彼が姿を消した。

 捜索隊が山を調べた。高齢だったから、どこかの茂みで野垂れ死んでいるか、野犬に襲われて息絶えている可能性もあった。だが十二月二十三日から年明け一月十二日までに四回行われた捜索で、隊は彼を見つけることができなかった。一月十七日、ついに死亡の判断が公式に下された。

 彼の名はベンツ。大分県高崎山に生息していたオスのニホンザルだ。ニホンザルは群れを作って生活する。ドイツの高級車と同じ名を持つ彼は、約七百頭の群れのトップに立つ「アルファメイル」、俗に言う「ボスザル」だった。

 高崎山は別府湾の奥まった辺りに聳え立つ。標高は六百二十八メートル。山にはB群、C群と呼ばれる、ほぼ同程度の規模の群れが二つ生息する(かつてはA群も存在したが、弱体化ののち消滅)。別府湾から高崎山に向かって左側(大分市側)がB群、右側(別府市側)がC群の生息域だ。両群は毎日、それぞれ午前と午後のほぼ決まった時間に、「(サル)寄せ場」に集まって来る。

 長い間、ニホンザルたちはなるべくヒトを避けて山の中で生活してきた。それなのに高崎山のニホンザルたちがわざわざ山を下りて寄せ場に来るのは、ヒトが彼らのエサを撒いているからだ。高崎山自然動物園の職員たちによって三十分おきに与えられるエサを当てにして、彼らは一定時間、寄せ場で時間を過ごす。麓から徒歩で五分、モノレールを使えばわずか四分で寄せ場に行くことが可能だ。そのため来園者は、ボスザルによるケンカの仲裁、発情期ならオスとメスの恋の駆け引き、かわいい子ザルたちのじゃれ合いなど、ニホンザル社会の日常風景を、険しい森の中に分け入るような面倒なことをする必要もなく、簡単に間近に観察することができる。高崎山自然動物園は、近くの別府温泉と並んで、大分県内で最も有名な観光地の一つである。

 高崎山に生息するサルは国指定の天然記念物である。文化財として保護の対象とされている貴重な動物なのだ。しかし、そうだからといってベンツのように群れから失踪したサルがすべて捜索の対象になるわけではない。ニホンザルのオスは一定の年齢になると生まれた群れから離れる習性を持っている。したがって、群れからいなくなったニホンザルをいちいち探していたら切りがない。また、高齢のニホンザルは死期が近づくと、ひっそりと群れを離れ、行方知れずになってしまうのが一般的で、これまた探しても徒労に終わるのは目に見えている。

 それにもかかわらず、ベンツに対して総勢二十人の捜索隊が組まれ、四回も捜索が実施されたのだ。これまで他のニホンザルに対して捜索が行われなかったわけではない。ヒトに親しまれ、人気を集めたボスザルが失踪したときにはしばしば捜索隊が組まれてきた。しかし、高崎山自然動物園の歴史の中で、ベンツのときほど大規模な捜索隊が組まれたことはない。

 実はベンツの失踪は二度目だった。二度目の失踪の三カ月前、二〇一三年九月十四日にも寄せ場から姿を消したのだ。このときも捜索隊が三回、C群の生息域を中心に探し回った。ところが失踪から十七日後、大分市街で彼は発見、保護された。C群のボスである彼が、B群の生息域である大分市側に向かうことは考えにくかったが、どういうわけか彼はB群の生息域を越え、高崎山を出て、さらに大分市街地まで延々七キロも移動していたのだった。


写真提供:一般財団法人大分市高崎山管理公社、松井猛


誰よりも強く気高く、猛々しい。巨大群を統率した「最後のボス」の生涯とは―。大分市高崎山の山中に生息した幻のニホンザルの一生を追った、異色のノンフィクション!

消えた伝説のサル ベンツ (一般書)
消えた伝説のサル ベンツ (一般書)


この連載について

消えた伝説のサル ベンツ

緑慎也

誰よりも強く、気高く、雄々しい。巨大な群れを統率した「最後のボス」の生涯とは? 大分市高崎山の山中に生息した幻のニホンザル「ベンツ」の一生を追った異色のノンフィクション。

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コメント

kinoko_syuto ベンツくん(;_;)本買うよ(;_;) 5年弱前 replyretweetfavorite

doku_f 読んでる。この本は面白そう。: 5年弱前 replyretweetfavorite

vonvovon 読みたいけど一冊読むのはめんどくさいな、むむ…。 5年弱前 replyretweetfavorite

dumbreck_fan  これ読みたい! 5年弱前 replyretweetfavorite