家族無計画

学級委員長だった私がノーパンノーブラの主婦になるまで

「日本一炎上しがちな夫」こと、起業家の家入一真さんと結婚した家入明子さん。現在「ソーシャル主婦」として、家入家独特の育児の話や、夫婦間のデリケートな話題に切り込む記事をブログで発信し、話題となっています。そんな明子さんが、ブログよりも深く、いろいろな意味で「規格外」な家入家の事情や、よりゆるく楽しく家族生活を営むためのライフハックなどをお届けする新連載がスタート。初回は、明子さんの子供時代と、一真さんとの出会いのきっかけの話です。

はっと目覚めて枕元のスマホを見ると6時25分。

しまった。今日は息子のテニスの試合の日。本来ならば玄関で見送っているべき時間だ。案の定まだ寝ていた息子を慌てて起こしつつ、私は前夜に調達しておいたコンビニのハンバーグやその他ありあわせのおかずをお弁当箱に詰めて水筒を用意。奇跡のような動きを見せたがこの時点で集合時間まで残り5分。歩いて行かせたところでとてもじゃないけれど間に合わない。さっと黒のロングコートを羽織って、車の鍵と財布を手に「行くよ」と息子に声をかける。

エンジンをかけ、アクセルを踏んだところではたと気づく。

そうだ、私、ノーパンノーブラだった。

季節の変わり目のせいか、昨夜はひどい蕁麻疹に悩まされていた。なかなか症状が治まらないので、やむなく誘発しそうなブラジャーとパンツを脱ぎ捨て、その上から部屋着だけを着て寝たんだった。

「今気づいたんだけど、お母さん、ノーパンノーブラだったわ」

黙っていたら、万が一不慮の事故でばれたときに本気の性癖と思われるかもしれない。先んじて息子に打ち明ける。

「まじか……」

後部座席の息子は、手元のスマホに視線を落としたまま、さほど驚きもせずに答える。

休日、早朝の都心の道路は驚くほど空いていた。息子はなんとか集合時間ギリギリに待ち合わせ場所に到着。汚い身なりの私は息子の心情に配慮し、遠方に止めた車の中からその様子を見届け、ほっと胸をなでおろす。

起床から10分、半ば無理と思われたミッションをクリアした達成感と同時に、下着から解放された圧倒的な自由を噛み締める。

冬が終わり、春が訪れようとしていた。



思い返せば子供の頃の私は、とても正しい人間だった。

間違ってもノーパンで外に出るようなことはなかったし、万が一そんな事態に陥ったら、その後数年は自己嫌悪から立ち直れないくらいの精神的痛手を負っていたはずだ。子供なら誰もが持つ不器用さを差し引いても、幼き日の私は突出して高いプライドを持て余していた。ある面ではバカ正直に、大人の作った決まりをただ妄信的に守ることに全力を注いでいた。風紀を乱す男子をよくほうき片手に追いかけまわし、圧倒的な恐怖政治で支配していたから、男子から付けられたあだ名はアマゾネスだった。

当時の私の原動力は「選ばれたい」ただこの一心であった。褒められるのだって嬉しいけれど、何より、誰か一人が選ばれるべきシチュエーションでは必ず自分が選ばれたい。学級委員も、作文コンクールも、児童代表のスピーチも。なぜか選ばれることにかける情熱が生まれながら異常に強かったので、誰に疑われているわけでもなくともいざというときのために絶えず正しい自分であり続けた。

ところがこの「選ばれる」という目的において、いつ何時も優等生を続ける私のアプローチ、実はちょっと間違ってるんじゃないかと、高校生のあるときふと気がついた。

というのも、小説や漫画、ドラマなど、選ばれた人の周りにだけ素敵な物語が展開されるファンタジーの世界では、自分のような女子は決して主人公に選ばれないのだ。大人しかったり不登校だったり、勉強ができなかったり、落ちこぼれていたり。優等生ではない子にこそ、ある日突然サプライズな展開が訪れる。『美少女戦士セーラームーン』では、ドジで勉強も努力も苦手で美人でもない(という設定の)主人公が、特殊な能力を授けてくれる猫に選ばれるのだ。「なんでわたしが〜(泣)」と情けない不満を垂れ流しながら戦いを続けるうちに、秀才揃いのセーラー戦士をしたがえてセンターを張るまでに大出世。日常的にはメンバーにバカにされながらも、いざとなったら身を呈して守られる(転生前は月のプリンセスだから)。……ちょっとそのポジション美味しすぎるんじゃないの。

一方そういった物語において、学校生活に最適化された学級委員長タイプ、つまり私のような人間がどういう描かれ方をしているかというと、往々にして悲惨なものなのだ。お堅く、面白みもなく、リア充な級友たちには疎ましがられる、寂しくて暗い存在。なんて理不尽な話だろう。私(のようなキャラ)をセーラー戦士に選んでくれていれば、不平不満をもらすことなく喜んで敵と戦うに決まっている。みんながサボる掃除を自分だけがやり遂げる強い正義感を持っているし、毎日地道に勉強しているから根性もある。しかし決して、準備万端に風呂敷を広げているところに物語は降ってきてくれない、世の中そういうものなのだ。たかがフィクション、されどフィクション。現実と照らし合わせてみても、優等生として居続けることに薄々生きづらさを感じていた。だからこそ、この気づきは私の中で次第に強い確信に変わっていった。

今思えば、この時期は人生における最初の混沌期であった。自分の役回りでは損ばかりと、これまでのやり方を改めたいと思うも、じゃあどのように?という疑問が絶えず立ちはだかる。折しもそんなタイミングで、自己と対峙するのに最適な病み系ツール、インターネットと出会ってしまったものだから、私はどんどんインナーワールドに沈み込んでいった。終わりなき自分探しの旅、いわゆる中二病というやつだ。ただ、当時のインターネットの中では私に限らずみんなそんな感じで、人生の意味を問うポエムを書いたり、わざわざ死にたいと言ってかまってもらったり、そんな自我のこじらせ方がスタンダードだったから、まさか自分がはたから見て痛いだなんて夢にも思わなかった。

……で、この頃知り合ったうちの一人がハンドルネームbouzu氏、のちに私の亭主となる男である。

当時22歳、職業はプログラマー、同じ福岡県在住という彼。メル友募集掲示板を経由して送られてきた第一報には「芸術の話をしましょう」と書かれていた。

「えっ、芸術……?」

大きな釣り針にまんまとひっかかった私はすぐにメールを返して、文通が始まった。

bouzu氏の経歴は驚くほどたくさんの失敗と挫折に満ちていた。

中学でふとしたことからいじめに遭って不登校に。その後再起を図り県立高校に進学するもうまくいかず中退。対人恐怖症となり数年間押し入れを改造した自室に引きこもるが、母親の気長な説得で新聞奨学生となり社会復帰。朝夕の新聞配達をこなしながら美大受験の予備校に通い画家を目指すも、あるとき父親の起こしたトラック事故を発端に実家の借金問題が露呈し、進学を断念。デザイン事務所に就職したが嫌な上司に耐えかねて逃亡、再びシステム開発会社に就職して今に至る、と。

連日のメール交換と、たまの電話でお互いの身の上を語り合いながら、この人こそまさに私の思う…そして私からは程遠い「選ばれる人」に違いないと思ったものだった。

メールの交換を続けて約半年後、私たちはついに会うことになった。博多駅筑紫口での待ち合わせ。約束の時間にやってきたのは、ハンドルネームbouzuの由来となった立派な坊主頭にヒゲをたくわえ、焦げ茶色のスーツを着た、おじさん。決して年齢詐称していたわけではなかったが、彼は22歳とは思えないほど老けていた。

「はじめまして」と恐る恐る声をかけると、「はじめまして」とbouzu氏。お互いのことはとてもよく知っているけれど初対面なのだ。緊張と妙な気恥ずかしさを抱えたまま駅構内の喫茶店に移動し、私はレモンスカッシュを、bouzuはコーラとチョコレートパフェを注文した。注文すると同時に、今度は猛烈な勢いでタバコを吸い始めるbouzu。引きこもりだったと言うし、この人はきっと私以上に緊張しているのだろう。そう思うとたまらなく可愛い人に思えて、当時17歳の私はキュンとした。このときキュンキュン燃え過ぎたばかりに13年経った今となっては見事に灰と燃えかすしか残っていないけれども、その話はまた追々書くとして、私たちはここからすぐに付き合い始め、その半年後には同棲。直後にどうせ同棲するならってことで結婚したのである。

冷静に考えると、高校を卒業したばかりの18歳の娘が、ネットで知り合った老け顔の男と同棲、結婚するというのだから、両親か親戚か、誰かしら反対してもよさそうなものだったが、不思議と全てスムーズに運んだ。よくわからない理由で思春期をこじらせていた私と、マイナスからのスタートをようやくゼロ地点まで押し上げていた彼。周囲も、二人で楽しくやってるならもういいよそれでと、半ばお手上げの心境だったのかもしれない。

いずれにせよ、そんな調子で結婚したにもかかわらずその後10年以上も結婚生活が続いたわけだから、個人的には決して悪くない結果じゃないかと思っている。結局は離婚したわけだが、夫婦にならなければ絶対に経験できなかったであろう貴重な体験を数多くさせてもらった。元亭主は一見気弱そうに見えるが「これは絶対にこうあるべき」という私の理想に、最後の最後には絶対に屈しない、アマゾネスと呼ばれた私をも凌駕する屈強な男だった。それどころか、こちらがどれほど歩み寄って常識の範疇を広げても、数ヶ月経てばやすやすとそれを超え、さらに型破りな行動に出る、とんでもない強者だったのだ。

翻弄されすぎて疲弊することもしばしばあったが、おかげさまでもとはガチガチだった私の頭も随分と柔らかくなった。

なんと言っても今やこうして、不慮のノーパンノーブラという緊急事態すらすがすがしくエンジョイできる余裕が生まれたわけだから、元亭主には心から感謝している次第なのである。

『cakes』の人気連載、ついに書籍化!

家族無計画

紫原 明子
朝日出版社
2016-06-10

この連載について

家族無計画

紫原明子

「日本一炎上しがちな夫」こと、起業家の家入一真さんと結婚した家入明子さん。現在「ソーシャル主婦」として、家入家独特の育児の話や、夫婦間のデリケートな話題に切り込む記事をブログで発信し、話題となっています。そんな明子さんが、ブログよりも...もっと読む

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コメント

hyakutaro_k つい引き込まれた。。「私からは程遠い「選ばれる人」に違いない」と気づいて認めることができるってじつはそんなに簡単なことじゃないのでは。 ⇒ 1年以上前 replyretweetfavorite

akitect 【過去記事】 2年弱前 replyretweetfavorite

kimu3_slime 書き出しの例。謙虚な気持ちを高めてもらう。 2年弱前 replyretweetfavorite

miyasho88 家入明子さん文才すごいな 約2年前 replyretweetfavorite