『東京ラブストーリー』に憧れ、なぜかスーツアクターとなる
── 特撮ヒーローの変身後の女性キャラクターでも「なか」に入っているのは男優さんだったりするのを耳にしたときに、びっくりしました。女性で「スーツアクター」をされているひとは少ないということだと思いますが、何人くらいいらっしゃるんでしょう?
人見早苗(以下、人見) 数でいうと少ないんですよね。わたしがいたJAE(ジャパンアクションエンタープライズ※)だと1年間の養成所があるんですが、そこを卒業して現場に出てくる女性は年に1人か2人。その後にやめていったりもするので、現役として続けているのは3、4人くらい。映画とかで“キャラクター”がいっぱい出てくるときに「なか」に入ったりする経験が浅いひとを合わせても10人くらいかもしれませんね。
※JAE:千葉眞一さんが創設した頃は「JAC(ジャパン・アクション・クラブ)」という名称で、アクションやスタント業界の草分け的な事務所。ハリウッドにも進出した真田広之さんを輩出したアクション界の老舗。
待ち合わせ時刻の10分前、新宿のプリンスホテルの地下のカフェの前でカメラマンと待機していると、黒いダウンジャケットを着た若い女性が一直線でカフェに入っていった。そして、じきに入り口のところへ戻ってくると、きょろきょろとしている。経験上、取材を受ける女優さんは時刻を過ぎたころに現れるものだ。呼びかけると、「はい、取材の?」。挨拶を交わした際も、三回くらい頭をさげられたのが印象に残っている。
── このインタビューの企画は、『イン・ザ・ヒーロー』(唐沢寿明主演・武正晴監督)という映画を観て、スーツアクターのひとたちに興味をもったのが発端でした。ガテン系の職人の世界のようで奥深いというか、カッコよく思えたんです。
人見 あの映画はわたしも観ました。スーツアクターという職業が映画に取り上げられることが嬉しかったですね。「スーツアクター」という言葉もここ何年かで定着するようになってきたんですよ。
いまはキャラクターの「なか」を目指して(スタントやアクションの世界に)入ってくるひともいますが、わたしが『獣拳戦隊ゲキレンジャー』(2007年、テレビ朝日系放映)に出させてもらった頃は、映画で唐沢さんが演じていられたように、「いつか自分も顔の出る俳優をやりたい」という思いをもってやっていた(※)。そういうところに共感というか、せつなくなるところがいっぱいありました。
※2007年~12年、他に『炎神戦隊ゴーオンジャー』『侍戦隊シンケンジャー』にレギュラー出演。
── せつない、というのは?
人見 「顔の出る俳優」としての機会が得られないこととか、ケガをして身体にバクダンを抱えながら隠して続けているとか。そういうエピソードは経験したひとだと、みんな共感するところだと思います。
あとは映画の最後の立ち回りで、“覆面忍者”が百人も登場するシーン、あそこに出演している役者さんは、唐沢さんがスーツアクターをやっていた頃からの大ベテランのひとたちなんです。すこし残念だったのは、そこがあまりフューチャーされなくて。ふだん見上げるような存在のひとたちが「その他大勢」な感じだったのが知っている側からすると……。でも観てよかったです。
── あの山場はスーツアクターの“オールスター戦”みたいな場面なんですね。
人見 そうですね。唐沢さんが昔スーツアクターをやられていて、今のようなスターにまでなったというのは励みになります。わたし自身はまだ全然ですけど(笑)。
── ところで「スーツアクター」という名称は最近の呼称だとか。以前は、どんな呼び方をしていたんですか?
人見 わたしも「スーツアクター」というのは、仕事をはじめてから知りました。「なか」と言ったりしていたんですかねぇ。スーツアクターという呼称に反発を感じるひともいて、自分は「俳優」としてやっているという意識が高いからだと思いますが。
そういえば「今度、〇〇のキャラクターに入るんだ」と同期とは話していましたね。戦隊モノのメインでやるときなんかには。
仕事はじめは、“戦闘員”
── 人見さんがスーツアクターになるきっかけは何だったですか?
人見 ふつうに俳優としてやれるところを探していて、いろいろ遠回りしてたどり着いたのがJAEの養成所だったんです。そこを卒業して、JAEの所属になって最初の仕事が“戦闘員”でした。23、4の頃です。
── 戦闘員というのは、全身黒尽くめの「ショッカー」みたいな?
人見 そうです、そうです。入ったばっかりで、もう言われるがまま。わたし、しょっちゅう怒られていました(笑)。「そこ(フレームの中に)入っていないよ!!」とか、「そこ、もっと芝居しろ!!」とか。最初は、もう大勢の中でワラワラしながら口々にワァー、ワァーといっていました(笑)。
“シャッター”といって、絵作りのために戦闘員同士が交差する場面があるんですが、そういう用語もわからなくて立ち止まっていると、「とりあえず、俺が合図をだしたら、こっち来い」と先輩に言われ、ギャーとかウォーとか声を発しながら、わらわらとカニみたいに横に移動していたんです(笑)。
── 俳優の仕事をしたいというきっかけは何だったんですか?
人見 テレビで『東京ラブストーリー』を見ていて、「いいなあ、こういうの」と思ったのが最初ですかね、ラブコメディの(笑)。鈴木保奈美さんみたいになりたいなぁって。もうよく覚えてないんですけど。
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