19区、パリの丘の上にあるビット・ショーモン公園。夜に近い午後、太陽の光もずいぶん弱まり、寒さを感じ始めた頃。家路にぞろぞろと帰って行くパリジャンたちとは裏腹に、 緑色のベンチの端っこで、じっと動かず大きな本を抱えて読んでいる1人のおばあちゃんがいました。
彼女にはちょっと大きすぎる黒いコートに小さな身体を包み、やわらかそうな毛糸の帽子をかぶって、真っ白な顔を少し覗かせています。
「読書中、おじゃましてすみません」
私はそう声をかけて横に座りましたが、マダムは不審がるようすはありません。まるで、私と事前にここで会う約束をしていたかのように迎えてくれました。
「昨日からね、左耳が聞こえにくくてお医者さんに診てもらおうと思っていてね、右耳は聞こえるからどうぞ」
と、右耳と身体を私のほうに傾けて。
私が何者で、なぜ声をかけたのか説明をしようとしたその時、私を見つめる彼女の目が、まるで宇宙に浮かぶ地球が二つ並んでこちらを見ているように見え、一瞬 言葉を失いました。