「よし、ゴミ拾いをしよう」
ある日、突然、僕はそう思った。
そんな風に決めたら、急に心が軽くなってきて、ワクワクする気持ちが止まらなくなった。それで、自分が自分自身にとって正しい答えにやっと到達できたのだと理解できた。
その決断をした時、僕はシンガポールに住んでいたのだけど、さっきまでは湿気が多くてじっとりとしているように感じた風が、心なしか涼しく感じるようになり、高層ビルに輝くネオンも美しくみえた。
正直に告白すると、僕は、ミッドキャリアクライシスの真っ只中にいた。今までのキャリアは、人に誇れるものにはなっていた。でも、自分自身ではそのことを誇ることができなかった。なぜ、自分はこんなことをしているのだろう。そんな問いが、何度も心に去来した。
ハーバード大を出て、香港に住む旧友レオンは、仕事で大成功を収めているのに、ゴビ砂漠を1週間走ったあとに、NPO法人を立ち上げて、子どもたちの体力づくり、自信づくりに生涯を捧げることにした。多くの人は、その決断に驚き、戸惑っていたけど、そんな行動をするレオンが、僕には眩しく、うらやましかった。
僕が求めていたのは、お金でも成功でもなく、社会における自分の役割だ。それの見つけ方が、ずっとわからなかった。
でも、「ゴミ拾いをしよう——」。そんな言葉が、心の中に浮かんだ時に、僕のミッドキャリアクライシスは、唐突に終わりを告げてくれた。
今まで僕が取り組んでいた仕事は、「難しい」仕事だった。誰でもできる仕事ではなかったけど、探せば他の誰かでもきっとできた。僕は効率的にやるのがうまかっただけだ。
でも、今回の仕事は違う。誰もが無理だと思っていて、誰もやりださない仕事だ。自分がやらなければ、誰もやらない。
今までの仕事の難しさとは、レベルが違う。自分がやり遂げる自信なんてどこにもない。なのに、涌き上がってくるのは、絶望感ではなく、ワクワク感だけだった。正義感でも、使命感でもなく、ワクワク感が僕を突き動かした。
ゴミを拾いに行く先は、宇宙だ。宇宙ゴミ。別名、スペース・デブリ。人類が宇宙開発の中で、ポイ捨てし続けた無数の粗大ごみが宇宙空間を猛スピードで飛び回っている。それを回収しに行く。 スペース・デブリ問題を専門外の人間が解決しようなんて。痩せ馬にまたがって風車に突っ込んだドン・キホーテになりかねない。 たぶん、たくさんの人から笑われるだろう。
幸いなことに人の目など気にしないほどには成長していた。なんとなく折り合いをつけてしまって、あるべき姿のために戦わない人生こそが、最も笑われるべき姿だ。自分で自分を笑いたくはない。
社名を必死に考えた。それで、思いついたのが、 ASTROSCALE。
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