その頃、まったく僕はアコースティックギターの試奏という行為に魅せられてしまった。
試奏をお願いすると、愛想のいい、逆に仏頂面の、さまざまな表情をした楽器屋店員が、僕の指差した一本を、ネックの5フレットのあたりを握ってつかみあげてみせるのだ。
吊り上げられたばかりの魚のように人の手の握りによってギターが一時、宙に浮く。
そのボディーは赤茶けていたり木目も鮮やかな菫色であったり、一体何があったのかザックリと表面に無数の傷を有していることもある。
いずれにせよ幼女、もしくは人体の型をした伝説の植物マンドラゴラほどのサイズでありながらそのボディーは、成熟した女性の体のごとくくびれを持ち、ものによってはもどかしい大人の女のくちびるのなまめかしさでつやつやと濡れたかの光沢さえ放っている。
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