ブラーノ島の幻
船にゆられて小一時間。ムラノ島も過ぎ、いよいよ目当てのブラーノ島へ。おお、本当に家の壁が色とりどりで可愛らしい。運河沿いにはレースや仮面のお店がならぶ。ふらふらと写真を撮りながら歩いていくと、同じ船から降りた観光客もまばらになってきた。そして、その先に見えてきたレストラン。も、もしやここは、ネットで見て「行けたらいいなあ」と思っていたお店じゃないか!
黒猫の看板。間違いなし。外のテーブルも中のテーブルもだいたい埋まっているけれど、お昼過ぎなこともあって並んでいたりはしない。もしかして、一人だけど、予約なしだけど、大丈夫かもしれない。
メニューをのぞきこんだり、入口をのぞきこんだり、うろうろしてみても、店員が誰も声をかけてくれない。意を決して、入口ちかくのシニョーレをつかまえて、「予約はしてないんだけど、食べたいんですが」と話しかけたら「あ!お客だったの?これは失礼」という感じで、奥の若いウエイターを呼んでくれる。ああ、あのヤング(死語)が英語担当なのか。それはそうだ、イタリアにだって英語アカン人はいくらもいるのだな。
奥のテーブルに通してもらい、メニューをもらう。日本人の団体客のとなりのテーブルなので、なんとなく、ほっと力が抜ける。
人気店なのか、かなり待たされたが、折角なのでと頼んだシーフードどっさりのパスタも、テーブルに気前よくおかれたいろいろなパンやクラッカーのようなものも、勧められてつい頼んだ白ワインも(最初にガス入りの水を頼んだのでお腹はたぷたぷだけど)、とてもおいしかった。
イタリアのパスタはもちもちしておいしい。魚介たっぷりのソースもおいしい。
デザートにケーキかティラミスは?ときかれたが、お腹いっぱいだし、予算的にもそれなりになっていたのでここでおしまい。そしたら、1ユーロおまけしてくれた。
お腹もふくれ、心穏やかに島の散策を続ける。広場に出ると、イベントなのか、この島でもカーニバルなのか、あざやかな仮装の人たちや子供たち、ダンスをするティーンたちが集まっている。
お祭り!!
またしても血がたぎる。本島のそれとは大分様子が違って、より現代風というか、地元密着な感じのイベントのようだが、それだけに和気藹々として、楽しそうだ。
お祭り、お祭り、と犬っころのように走り回りながら写真を撮らせてもらったり、ダンスを眺めたり、
浮かれていた。
ものすごい多幸感、から突然我に返る。
いかんいかん、カバンのファスナーまで開けっ放しでうろついていた。中身を確かめなくちゃ。
長財布にはラインストーンのチェーンをつけて、カバンからうっかり落としたりしないようにしてあるのだ。よしよし、とチェーンを手繰る。チェーンはくるりと輪を描いて、最初の留め具にもどってきた。
え?
財布。財布?!
全身の血が引く。が、落ち着いてもう一度調べる。もう一度、いや、まてまて、もう
一度…って、
やーらーれーた——!!
祭りでスリにあうなんて、どれだけ抜けた、典型的な平和ボケ観光客だ。これだから出発前日に母親が、もう高齢の母親が「明日からじゃもう私がついてくわけにもいかないし」と半ば怒りながら心配の電話をしてくるのだ。それが嫌で前日まで知らせなかった訳だが、ってそういうこと言ってる場合ではなーい。
とりあえず、近くにいた人にポリスボックスの場所をききまくる。ここは本島より英語が通じにくい気がする。それでもポリス、という言葉と、なんとなくただならない形相から、オレよそものだから知らないよ、とか、あっちの奥!とか、ちょっとずつ情報を拾いながら、最後は親切な若者に連れて行ってもらい、広場の裏側のポリスボックスに。
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