第28回】時代の頂上決戦

プロ棋士と互角以上の戦いを繰り広げるまでに進化した将棋ソフト。不可能を可能にしてきた開発者たちの発想と苦悩、そして迎え撃つプロ棋士の矜持と戦略。天才たちの素顔と、互いのプライドを賭けた戦いの軌跡。今日までのコンピュータ将棋に関する最前線を追った『ドキュメント コンピュータ将棋』が3月25日発売。本連載では、本書から特に電王戦FINAL出場者たちの素顔や想いの部分を抜粋して紹介していきます。

 2014年、将棋界の最高峰を争う名人戦七番勝負は、森内俊之名人と羽生善治挑戦者が対戦した。両者は名人戦で顔を合わせるのは4年連続で、9回目。現代将棋界の頂上決戦と言ってよいだろう。過去3年はいずれも森内が制していたが、今年は羽生が勝ち、名人位に返り咲いた。

 コンピュータ将棋界はどうか。 「今はもうはっきり、ponanza、AWAKEの2強状態だと思います」
 とSelene開発者の西海枝は言う。これが大方の見方だろう。電王トーナメント決勝は、最高のカードになったと言ってよい。

 ponanzaの山本一成、AWAKEの巨瀬亮一ともに、自身の棋力は高い。プログラム同士が戦い始める前から、開発者同士の戦いは始まっていた。後手番のponanzaは初手で、角の横に金を上がる。人間同士では、損とされている手だ。振り飛車にされると、スムーズな駒組が難しくなる。ただし、コンピュータ同士の対戦では、振り飛車が不利という前提がある。相手に飛車を振らせたい、という駆け引きがあるのだ。準決勝でSeleneはponanzaの同様の注文に、素直に応じた。そして、あっという間にponanzaが優位を築いていた。

 巨瀬はfloodgateにおけるponanzaの戦い方も見て、山本のねらいを読みきっていた。AWAKEがponanzaの注文に応じないように、あらかじめ指し手の指定を入れておいた。
 序中盤は、定跡形を離れた進行となった。そして戦いが始まる。ponanzaが飛車を捨てて攻め、AWAKEが受け続けるという、両者の長所がもっとも発揮される中盤戦になった。解説の西尾六段をはじめ、観戦する人間の目には、ponanzaが優位に立ったかに見えた。攻め続けるponanza側の陣形がしっかりしているのに対して、AWAKEの玉は不安定であり、ponanzaの猛攻をしのぐのは難しいと思われた。しかし、意外と決め手が見つからない。

 電王トーナメントはニコニコ生放送の公式チャンネルで放映される。一方で、会場を出たフリースペースでは、「大合神クジラちゃん」開発者の鈴木雅博が非公式の裏番組を放映していた。鈴木の放送は、開発者や関係者が自由に登場する、隠れた人気番組である。決勝の際には川端一之(なのは開発者)と山本一将(ひまわり開発者)がカメラの前に座って、決勝の模様を伝えていた。

 ずっと受け続けてきたAWAKEが、華麗な反撃手を放った。やがて、ponanzaの評価値を示す棒グラフが、がくっと落ちた。川端の声のトーンが上がった。
「これはponanzaの負けパターンです」

 ponanzaはずっとわるくないと思っていた。しかし、はっきりとした勝ち筋が見つからない。そこへAWAKEのねらいすました反撃が襲ってくる。ponanzaは自身が非勢に陥ったことを認めざるを得なくなった。そこで評価値が急変する。ponanzaの敗戦の時に見られる、数少ない負けパターンである。山本が天を仰ぎ、顔を手でおおった。巨瀬はモニターを見つめたまま、表情は変わらない。
 そして、決着の時がやってきた。コンピュータ将棋界の頂上決戦を制したのは、新星AWAKE。勝者の巨瀬に報道陣が集まり、カメラが向けられる。巨瀬は小さく一礼をして、静かにモニターを見つめ続けていた。

 次のステージへ

 表彰式では入賞した開発者があいさつをした。
 ponanza開発者の山本が壇上に立つ。 「気持ちの整理がつかなくて、まだ何を話せばいいのかわからない感じなんですけれども……。この半年、(開発を続けてきた)7年間で一番、コンピュータ将棋がんばったんですけど、全然強くならなかったんですね。6割ぐらいしか勝てるようにならなかったんですね。それで……。ちょっとまだ精進が足りなかったかなと……」
 そこで山本は言葉につまり、涙ぐんだ。

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ドキュメント コンピュータ将棋

松本博文

プロ棋士と互角以上の戦いを繰り広げるまでに進化した将棋ソフト。不可能を可能にしてきた開発者たちの発想と苦悩、そして迎え撃つプロ棋士の矜持と戦略。天才たちの素顔と、互いのプライドを賭けた戦いの軌跡。今日までのコンピュータ将棋に関する最前...もっと読む

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prisonerofroad #将棋 #電王戦 約5年前 replyretweetfavorite