フィフィティシェイズ・オブ・グレイ』は現実?  1980年代のアメリカのお金持ち

地方公務員の娘として生まれ、多くの日本人がそうであったように質素倹約な生活をして育ってきた渡辺由佳里さん。しかし、1980年代になると、アメリカのお金持ちと交流を持ち始め、その格の違う豪華絢爛な生活に衝撃を受けたそう。普通の家庭で育った人間には想像のできない富豪の生活、パーティーとは一体どのようなものなのでしょうか。

「コツコツ貯金」では絶対に到達できない世界

「アメリカのお金持ち」と聞いて、あなたはどんな姿を思い浮かべるでしょうか? 最近話題の映画『フィフィティシェイズ・オブ・グレイ』の若き大富豪グレイのように高級品を身につけ、大邸宅に住み、自家用飛行機を乗り回すイメージがあるかもしれません。毎日高級レストランに行き、値段も見ずに高価なものを買い、贅沢三昧の生活ができて羨ましくなる人もいるでしょう。

私が1980年代に初めて出会ったアメリカのお金持ちがまさにそんな感じでした。

その体験をお話する前に、まずは経済学にも富にも縁がなかった私が「アメリカのお金持ち」と出会うことになった経緯からお話しましょう。

私は、1960年代から80年にかけての経済成長期に、地方で公務員の娘として育ちました。多くの日本人がそうであるように、私が知っていた唯一の貯蓄方法は「働く、無駄遣いをしない、貯金する」こと。お金を貯めてイギリスに語学留学するという目標を持っていたので贅沢はせずにしっかり貯金していましたが、帰国したら当然貯金は大幅減、移り住んだ東京では質素な暮らしがつづきました。常に目標としていたのは「毎月を少しでもいいから黒字にする」ということで、収入と待遇が良い仕事を探して転職を繰り返し、貯金を少しずつ増やしていく毎日でした。

しかし、そういう「コツコツ貯金」では絶対に到達できない領域が、世界には存在しています。私がそれを初めて目の当たりにしたのは、私の夫となるアメリカ人ビジネスマン・デイヴィッドと出会った1987年のことでした。

ウォール街の金融情報会社の東京支社を創設するために渡日したデイヴィッドは、仕事柄、多くの英米の金融関係者との付き合いがありました。その中には20代の若さでミリオンダラー(億円)の単位で稼いでいると豪語するディーラーやブローカーもいて、六本木や西麻布にある月額100万以上するマンションでのホームパーティを頻繁に開いていました。高級なレストランでの食事、ナイトクラブ、贅沢な旅行、スポーツカー……20代後半で安月給の私には想像もできない浪費の連続に呆れたものでした。

パーティーにはドレスではなく着物で行け?
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アメリカはいつも夢見ている

渡辺由佳里

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