ITで現実を「拡張」すると、何が起こるのか
——いきなりなんですが、川田さんの十夢(とむ)というお名前は芸名ですか?
川田 あ、本名ですよ。変わってるでしょ。父が文学好きなので、夏目漱石の『夢十夜』からとったらしいです。
——あ、じゃあAR三兄弟は……
川田 こっちは本当の兄弟じゃないです(笑)。「AR(Augmented Reality:拡張現実)」ってそれだけ聞いてもよくわからないですよね。だから、ユニット名として、なにかくっつけたらキャッチーになるかなと。それで「兄弟」にしたんです。ほら、「ウルトラマン」や「だんご3兄弟」もそうですけど、兄弟ってつくと親しみやすいし、人気が出やすいでしょ。
——なるほど。「兄弟」がついた理由は、なんとなく理解できました。今日は、こんなふうに謎の多い川田さんがどんな人なのか知りたくて、お話をうかがいにきたんです。
川田 僕が考えていることは、話すより作品を見たほうがわかるかもしれません。とりあえず、これ見てみてください。
ビームの出所(でどころ)vol.1 from ar3bros on Vimeo.
——わぁ!!
川田 カードからビームを出してみました。SFっぽいでしょ。ARとはITを使って、現実を「拡張」すること。具体的に言うと、僕は何かを「根拠」にして、何かを「発現」させる作品をつくってるんです。
——これはすごい。どうしてビームが出るんですか。
川田 パソコンについているウェブカメラで、カードについているバーコードみたいなマーカーを認識すると、そこからビームが出ている映像が見えるシステムなんです。マーカーを「根拠」にビームが「発現」するARです。
——カードの角度を変えると、画面内のビームの角度も変わるんですね。
川田 ビーム同士がぶつかると火花も出るんですよ。さらに、マーカーも省略して進化させたのが、これです。「眼力王」。
ビームの出所(でどころ)vol.2 from ar3bros on Vimeo.
——く、くだらない……!(笑)
川田 目からビームが出ます(笑)。くだらないけど、おもしろいでしょ。さっきのマーカーの代わりに、カメラで顔を検知して目の位置を判断してるんです。だから、目と鼻があるものだったら、イラストでもビームが出ますよ。ほら、千円札の野口英世からも。
——本当だ。なんだか、ARってアニメやマンガの世界が実現したみたいでわくわくしますね。
川田 夢のある技術なんですよ。『ドラゴンボール』の戦闘力を測るスカウターや『ジョジョの奇妙な冒険』のスタンド(持ち主のそばに出現し、さまざまな能力で持ち主を守ったり、他を攻撃したりする守護霊のような存在)も、ARで実現できると思うんですよね。
ARで、百貨店をコンサートホールに変える
川田 ね、オーケストラの指揮ってやってみたくないですか?
——えっ?
川田 しかもコンサートホールでなくて、デパートで。ARなら、そんなことも実現できちゃうんですよ。ちょっと見てください。
拡張現実オーケストラ by 長男 from ar3bros on Vimeo.
——おおー!
川田 指揮棒を振り上げると、スクリーンにオーケストラが現れるんです。ここは阪急百貨店のうめだ本店の「祝祭広場」というスペースです。ほら、指揮棒を振り始めたら、演奏が始まりますよ。
——本当にコンサートで指揮しているみたい!
川田 速く振ると、テンポが速くなって、手を止めると演奏も止まるんです。カメラで指揮者の動きを感知しています。これは、オーケストラ、もしくは百貨店の広場という「現実」を、「拡張」しているARですね。
——ARがどういうものか、だんだんわかってきました。
川田 僕のやりたいこと、わかってきました? AR三兄弟としては、こんな感じでARの技術を使ったり使わなかったりしてシステムをつくったり、場をつくったり、広告をつくったり、コンセプトを考えたりしています。
——拡張現実オーケストラのような大がかりな作品になると、企画するのも大変そうですね。
川田 いや、これは、最初の打ち合わせの、その場で考えました。
——えっ!?
川田 オープン前の図面を見せてもらったときに、パッと「あ、この広場で大阪フィルがコンサートをやったらいいんじゃないか」と思いついちゃったんです。指揮棒を振り上げたら演奏が始まって……という部分も、この時点で決めてます。
——いつも、そんなにすぐ企画を思いつくんですか?
川田 そうですねえ。もともと、指揮者ってなんか不思議だなと思ってたんですよ。そう思いません?
指揮者って、指揮棒を持って、指揮台に上がっているから、指揮者と認識されるんです。どっちもなしで、客席にいたらただのフォーマルな人でしょう。おかしいですよね。
——そう……ですね(笑)。
川田 こういったもともとの問題意識があるから、いただいたオファーの前提条件や場所の制約を組み合わせると、すぐ企画になるんです。
この企画を一言で表すと、「指揮棒を持たないと、人はそれを指揮者だとは思わない」なんですよ。
——わかるような、わからないような……。
川田 この拡張現実オーケストラは、毎回演奏が終わると、客席から拍手が起こっていました。つまり、周りの人にはその普通のお客さんが、指揮者に見えたってことですよね。百貨店を歩いている普通のお客さんも、指揮棒を持って指揮台に上がれば、とたんに立派な指揮者になる。その認識の入れ替わりを楽しむ作品なんです。
——たしかに「指揮棒を持たないと、人はそれを指揮者だとは思わない」、ですね。
川田 企画のすべてがそこにあります。でも、ぎゅっと凝縮されすぎていて、言葉だけだと、それは点にしか見えない。みんなにはわからないんです。だから、それをひもといて、点線で表していくのが企画を実現していく過程といえます。
おもしろくするために、あえてわかりにくくする
川田 あえてわかりにくさを残す、というか、想像する余白を残すんです。例えば、この拡張現実オーケストラの舞台がコンサートホールだったら、そんなにおもしろくないですよね。
——たしかに。
川田 でも、買い物するための場所に指揮台があると、気になりますよね。それは、「百貨店」という点と、「指揮台」という点の間に距離があるからです。人は、実線よりも点線のほうが不思議だと感じるし、興味をひかれる。一見、点と点が無関係に見えることが、斬新な驚きを与えるんだと思います。
——なるほど、その点と点のあいだに「オーケストラの演奏」といった点も加えていくと「拡張現実オーケストラ」という企画ができあがる、と。
川田 そうです。点と点の間に距離がないと「そうだったんだ!」という驚きがなくて、ウケないし、点と点のあいだに関連性がないと線にならない。納得感がないんですよね。
そもそも、点線って不思議じゃないですか。数学で、数直線上の点は1次元ですよね。2次元になったら、線になる。でも、点線ってその間みたいじゃないですか。点なのに、線なんですよ。不思議ですよね!
——は……はい。
川田 そういう不思議なものって、世の中に結構あるんですよ。いま、公衆電話って点線みたいだなと思っていて。もう、携帯電話がこんなに普及してほとんど必要ないのに、まだちょっとだけぽつぽつと残ってる。なんか、いきなり物語の向こうからかかってきそうじゃないですか?
——点線からそこまで考えられるなんて(笑)。
川田 あとはねえ、透明人間ですね。ヤバいのは。
——え、透明人間?
川田 もともとはずっと「透明感」ってなんだろう、と考えていたんです。生活に「感」がつくと「生活感」で、リアリティがあるってことですよね。じゃあ透明感はなんだろうって考えてたら、ある日「透明人間の実感が、透明感だ!」と気がついたんです。これ、大発見でしょ。
——あの……透明感って、透明人間の実感なんでしょうか……?
川田 それは、人それぞれの解釈ということで(笑)。とにかく、透明人間になったらどんな感じなのかが知りたくて、「透明人間と黒電話」っていう作品をつくったんです。
(次回に続く)