倉田タカシ『母になる、石の礫(つぶて)で』(ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)
冒頭、〈霧〉が語り手の俺=〈虹〉に問いかける。
「——そうか、母になるんだ。なに産むの?」
一読不可解なこの問いをなんとか飲み込んでも、二人の会話が続くにつれてさらに違和感は募る。
「母を産みたいんだよ」
「どっちの母を?」
(中略)
「どっちでもいい」
本書は、第2回ハヤカワSFコンテストの最終候補作だ。同候補の中からは、柴田勝家『ニルヤの島』(大賞受賞作)、神々廻楽市『鴉龍天晴』の二作がすでに刊行されているが、ともに新人の二人に対して、倉田タカシはすでに短篇デビューを果たしている。『年刊日本SF傑作選 量子回廊』(創元SF文庫)に採られたTwitter小説集「紙片50」、『NOVA2』(河出文庫)収録のタイポグラフィ小説「夕陽にゆうくりなき声満ちて風」などは見た目も印象的な作品なので、ご記憶の方も多いだろう。
そして、単行本デビュー作となる本書の冒頭が前掲の通り。相変わらず抜群のインパクトで読者を惹きつける。
実はここで言う「母」とは、3Dプリンタから発達した万能工場とでも呼ぶべき装置のこと。作中でも徐々に明らかになるが、基本的な設定をざっと紹介しておこう。
21世紀初頭に登場した3Dプリンタは驚異的な発達を遂げ、プリンタそのものを含む機械類はもちろん、臓器や食べ物さえも出力できるようになっていた。小型化も進み広く普及したが、やがてそのあまりの万能性から、使用に厳しい制限がかけられる。
この息苦しさを嫌った十二人の科学者=〈始祖〉たちは地球を脱出、小惑星帯に独自のコロニーを建設した。
物語の中心になるのは、始祖が3Dプリンタ=母で作り出した〈二世〉たち。出自はもちろん、それぞれに特徴的な身体改変が施されたポストヒューマンだ。
四本の腕を持っていたがそのうち二本を外してしまった語り手の俺=〈虹〉。子宮の中に母を入れ、それで新たな母を産もうと試みている〈霧〉。足を持たずに産まれたが、自分の複製を作り骨盤同士をつないで腰の先にくっつけた双頭の〈針〉。同じ出自を持ちながらも性格の異なる三人は、互いに適当な距離を置きながら暮らしていた。
しかし、地球から謎の巨大構造物が近づいていることが明らかになり、事態は急転。虹は霧と針、さらに次の世代に当たる〈新世代〉の41に声をかけ、かつて仲違いしたまま疎遠になっていた始祖たちと再び話し合うことを提案する。