本当の最終回】私とタモリ—あとがきにかえて

1年間にわたって連載してきた「タモリの地図――森田一義と歩く戦後史」、今回が本当の最終回です。日本の戦後史とともに終戦の年に生まれたタモリの足跡を追うという、数ある他のタモリ関連本にはない、近藤正高さんならではのテーマに、惹きつけられた人も多かったはず。タモリと戦後史の70年を辿ってきたこの1年は、読者のみなさんにとってもまさに「ビータ」だったのではないでしょうか。この旅の地図を描ききった近藤さんによるあとがきです。

終戦直後に生まれ古希を迎えた稀代の司会者の半生と、 敗戦から70年が経過した日本。
双方を重ね合わせることで、 あらためて戦後ニッポンの歩みを 検証・考察した、新感覚現代史!
まったくあたらしいタモリ本! タモリとは「日本の戦後」そのものだった!

タモリと戦後ニッポン(講談社現代新書)

『笑っていいとも!』の最終回放送からきのう(2015年3月31日)でちょうど1年が経った。それとあわせて始まったこの連載もいよいよ今回で終わりである。思えば連載開始時の私の年齢は37歳と、『いいとも!』が始まったときのタモリと同じ歳だった。もちろん偶然ではあるけれど、そのことを意識しなかったといえば嘘になる。誇張ではなく、いまの自分の持っているすべてを注ぎこむつもりでこの連載に取りかかった。

私にとってタモリはずっと気になる存在ではあった。彼がつまらないものの代名詞のように言われていた90年代前半、高校生だった私は地元名古屋の古本屋で、ブレイク当時のタモリのインタビューを掲載した『広告批評』(正確にいえば同誌の過去の記事から厳選して収録した『広告批評大会』という本)を見つけて、タモリってこんなに面白かったんだ! と瞠目したものである。平岡正明の名著『タモリだよ!』を同じく名古屋の古本屋の100円均一コーナーで見つけたのは、もう少しあとのことだったか。余談ながら、私が日頃利用している名古屋市の鶴舞中央図書館には、テレビ番組を書籍化した『今夜は最高!』『笑っていいとも!』など80年代初めに出たタモリ関連の本がかなり所蔵されている。名古屋といえばかつてのタモリの差別ネタの餌食となった土地だが、ひょっとすると、これらの本は当時の名古屋市が宿敵たるタモリを研究するべく収集したもなのではないのか? とつい妄想してしまう。

さて、タモリの存在が面白いと思えるようになったのは、同世代の多くの人がそうであるように、彼が鉄道や坂道について嬉々としてテレビで語り始めた2000年前後のことだ。私にとって決定的だったのは、本連載でも触れたK.K.による映像作品『ワラッテイイトモ!』を2003年に見たことである。『いいとも!』をはじめ大量の既存の映像をサンプリングしてつくられた同作には、終戦1週間後に生まれたタモリの生い立ちを戦後史とともに振り返るくだりもあり、触発されるところも多かった。その作品を見たのをきっかけに、ある同人誌に「かつてタモリは、マッカーサーとおなじレイバンのサングラスをかけていた—タモリブームと戦後60年」と題する文章を寄稿したりもした。これが、2003年の時点で1年後の架空の雑誌に載った記事という設定で、架空の文学作品を論じるという非常にややこしいシロモノなのだが(参考までにnoteに晒しておく)、再読したところ《『ユリイカ臨時増刊』(青土社)や『文藝別冊』(河出書房新社)、『別冊宝島』(宝島社)といったムックが相次いでタモリ特集を組み、若手の作家や批評家、アーティストたちがタモリについて文章を寄稿している》という予言めいた一文も出てきたりして、われながら驚いた。

『ワラッテイイトモ、』については、公募展に出品された同作の扱いをめぐる一連の騒動のレポートも『クイック・ジャパン』vol.52(2004年)に書いた。ちなみに同誌は私がかつて編集に携わっていた雑誌である。ただし、同誌に寄稿したのは自分の古巣ということ以上に、その少し前にタモリ特集(2002年発行のvol.41)が組まれていたことが大きい。

その後もタモリについては折に触れて言及してきた。2010年の拙著『新幹線と日本の半世紀』では、1975年の山陽新幹線の博多開業により東京にもたらされたものとして、辛子明太子とタモリをとりあげている。さらに2013年の8月には、作家・樋口毅宏の『タモリ論』がベストセラーとなっていたのを受けて、ウェブサイト「エキサイトレビュー」で「タモリはどう語られてきたか」と題しデビュー以来のタモリをめぐる言説を振り返った。これがそこそこ評判をとり、とある出版社から書籍化の話もいただいたのだが、残念ながら実現にはいたらなかった。この間、『いいとも!』の2014年3月いっぱいでの放送終了が発表され、タモリ関連の書籍やムックの出版があいつぐのだが、私は『別冊サイゾー いいとも!論』に前出の『ワラッテイイトモ、』を10年ぶりに振り返る記事を寄せた以外はそのブームに乗ることができないまま終わる。

それが2014年の3月初め、cakesのオフィスを訪ねた際、社長の加藤さんと編集者の大熊さんとの会食中にチラッとこの企画について話をしたところ、何とその場で連載が決まったのだった。地方在住ということもあり、編集者とはメールでやりとりをすることが圧倒的に多い私だが、この一件で、直接会って雑談でもいいから会話することの重要性をつくづく感じた。

こうして始まった「タモリの地図—森田一義と歩く戦後史」で、私がとくに書きたかったのは、日本の都市文化の変遷を通してタモリの足跡をたどることだった。具体的には、初回でとりあげたタモリと満洲とのかかわりであり、あるいは三越がスタジオアルタをつくるまでの経緯であり、さらに終盤における植草甚一とタモリの比較論などがそれにあたる。

また、伝説として語り継がれるタモリと山下洋輔トリオとの福岡での邂逅、また新宿のスナックでのデビューの瞬間などについては、複数の文献をもとにあらためて検証してみた。文献によってはそこに居合わせたはずの人が出てこなかったり、シチュエーションが微妙に違ったりと、それぞれの記述の相違を確認しながら歴史的場面を再現していく作業は、まさに密室トリックを解くようでスリリングだった。

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この連載がついに書籍化!「森田一義」はいかにして「タモリ」になったのか。関係者への追加取材や大幅加筆でその足跡をさらに浮き彫りにします!

この連載について

初回を読む
タモリの地図—森田一義と歩く戦後史

近藤正高

2014年3月31日、『笑っていいとも!』が32年間の歴史に幕を下ろしました。約32年間、毎日テレビに出続け今や国民的タレントになったタモリ。そんな「昼の顔」だけでなく、アングラ芸で身を起こし、深夜番組『タモリ倶楽部』で披露する「夜の...もっと読む

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コメント

INCIDENTs_sep  読み終えたぜー♪面白かった^^ 4年以上前 replyretweetfavorite

kami_kazushige “2010年の拙著『新幹線と日本の半世紀』では、1975年の山陽新幹線の博多開業により東京にもたらされたものとして、辛子明太子とタモリを〔…〕” 4年以上前 replyretweetfavorite

donkou ケイクスのタモリ連載、おかげ様で最終回を迎えました。1年間ご愛読いただき、ありがとうございました。 4年以上前 replyretweetfavorite