ああ、俺の言葉は沈まないかもしれない」

デビュー作『ふがいない僕は空を見た』から、高い人気を誇る小説家・窪美澄さんとYoutubeから始まったプロジェクト「詩人天気予報」や、さまざまなイベントでの朗読、またcakesで連載の「新訳 世界恋愛詩集」が好評の詩人・菅原敏さんの対談です。
中編では、SNSの普及が進む時代に詩人、小説家など「表現者」は作品をどのように発信していくべきなのか、語りあっていただきました。

「救われたい自分」を言葉にするということ

窪美澄(以下、窪) 敏さんは、cakesで古今東西の詩人を紹介する「新訳 世界恋愛詩集」を連載されていますよね。その中でも、女流詩人エミリー・ディキンソンの一篇を紹介する「愛される1時間」の回が、すばらしかったです。気になって彼女の他の詩も読んでみたんですけど、切実で、とても胸に迫ってくる詩ですね。

菅原敏(以下、菅原) エミリー・ディキンソンは、56年間の生涯のほとんどを一人で、生家に引きこもって詩作の世界に生きた女性です。1700篇もの詩を残したのですが、生前に発表されたのは、地方紙に掲載された7篇のみです。一度だけ、文芸関係者に詩を見せたそうですが、「もっとわかりやすくポップなものを書かなければダメだ」と言われて、それ以降は一切人に見せることはなかったといいます。

 純粋に、自分のためだけに書いていたんですね。

菅原 そうですね。そして、そのことに満足していた。誰ともほとんど交流のない孤独な日々の中で、自分が書きたいものを書いた、というよりむしろ、書かざるをえない人生だったんだろうと。

 こういう仕事をしていると、よく「誰かを救いたくて書いているんですか?」と聞かれることがあるけれど、そうじゃなくて、自分が救われたいから書いている部分も大きいですよね。
 落語は「人間の業の肯定」と言われますが、詩や小説も同じだと思っています。書きつづることで、どろどろしたネガティブさや言葉にできない思い、例えば「こんなこと感じてしまう自分は変?」なんていう気持ちも救ってくれる。

菅原 私も詩を書きはじめた最初のころ、「ああ、自分は救われている」と思いました。受け手だけではなく、書き手も救われる。それがフィクションのすばらしさなんですよね。

表現者は何を売るのか?

 わたしたちはそんな自分の空想というか妄想をどうにかお金にして食べていて、錬金術みたいだなと感じることもあるんです。

菅原 錬金術ですか。確かにそうですね。

 文章をお金に変えるには、前回お話したような、みんなに理解してもらえるような「わかりやすさ」も確かに大切です。でも、わたしね、敏さんがこのまま、「おもしろい詩人さん」としてキャッチーに流されていくのはすごくもったいないなという気がしていて。

菅原 一時の流行として消費されてしまう、というような?

 そう。少年アヤちゃんも、最初はすごくキャッチーな存在で「なんだかおもしろい子がいるよ!」という認知のされ方でした。でも、そのあと、すごく深い私小説を彼は書くようになったんですよね。
 今の時代、TwitterやFacebookをサラーッと読むだけで満足してるような人たちに向けて、作家としてどう発信していくかは、大きな課題だと思うんです。前回も話したけれど、「読者の想像力」という難敵を乗り越えなければいけない時代なのかもしれない。

菅原 窪さんのように、小説一本で勝負するストイックさにはやはり憧れます。私もそれを詩でやっていきたいと思うのですが、現状ではYoutubeや朗読会、メディアへの出演など、どうしてもポップな活動が目立つしピックアップされてしまう。

 そうですよね。

菅原 「キザな詩人」「ちょっとファニーな」というキャッチコピーは、自分を広く知ってもらうという意味ではありがたいけれど、そのイメージがつらいなと思う時も正直あります。最初の詩集を出したときは、どこかで自分も納得していたんですが、今はもう少しストイックに書くことに向き合いたい気持ちもあって。道のりは険しいかもしれないけれど。

 詩も小説も、今、大きな曲がり角に立っていますよね。娯楽としてバンバン本が売れていた時代はとっくに過ぎて、「詩や小説なんて誰が読むの?」っていう時代。ヒット作はなかなか生まれない、版元もつぶれてしまうようなこんな時代に、自分の作品だけでストイックに、コンスタントにお金をもらい続けるのは本当に難しい。
 わたしは商売人の娘なので、作品イコール商品だという自覚が常にあります。これからどうやって収益を上げていくべきか、みんなはどういうものにお金を払いたいんだろうかと、小説を書きながらいつも考えてしまいますね。

詩人・菅原敏が読む、自作の詩

 わたしの書く文章にはズブズブッと沈みこむような暗さがあるけれど、敏さんの、ふっと気が抜けるような、ある種の軽やかな感じの詩が、わたしは好きです。とても都会的で、ウエハースを食べてるようなおいしさと軽さがあって、けれどなんか味わったことのない不思議なスパイスが入っているみたいな……。

菅原 それは自分でもどこかしら感じています。以前、美術家の島袋道浩さんのインスタレーション作品で、水槽の中のトマトが、それぞれの個性の違いによって沈んだり浮かんだり、水中をただよったりする……というものがあったんです。それを知ったときに、「ああ、俺の言葉は沈まない方かもしれない」と思いました(笑)。

 あははは。ここで、わたしがセレクトした敏さんの詩を、敏さんご本人に読んでいただいてもいいですか? 敏さんの詩の中で特に好きな一篇、詩集『裸でベランダ/ウサギと女たち』に収録されている「ピーターラビット」です。


『ピーターラビット』|菅原敏|note
※こちらのリンク先より朗読が聴けます

ピーターラビット

いつかは 行こうね ふたりでさ
茶色い 毛皮の あいつ
ピーターラビット
探しに 行こうね

草原か 森の奥 それともさ 海の底かな?

もう誰も いないけど 寂しくは ないよね
少し冷たい 風が吹けよ そしたらさ
おまえの手を そっととって
ふたりで 歩こう ふたりで 歩こうぜ

昔さ 言ってたよね おれのこと
ピーターラビットの 香りが するって
茶色い 毛皮の あいつ 
ピーターラビット   

もしもさ 悪いやつ だったらさ
食べちゃおうね
そんなこと 言ってさ いつかは 行こうね
茶色い 毛皮の あいつ
ピーターラビット
探しに 行こうね

あいしても
あいしても
あいしても

何かが足りない
気がするよ

不思議だね
人間って
不思議だね

そら ほし かぜ うみ おれ おまえが いるだけ
そら ほし かぜ うみ おれ おまえが あるだけ
そら ほし かぜ うみ おれ おまえが いるだけ

菅原敏 詩集「裸でベランダ/ウサギと女たち」より

 敏さんの詩って、既視感がなくて、いいですよね。こういう心情を、こんなふうに言葉にする男の人を、今までフィクションの中では見たことがない。

菅原 ピーターラビットは自分の中で象徴的な存在でもあるんです。あいつが大人になって悪いウサギになったら、どんな風になるんだろうと。

 それともう一篇、『裸でベランダ/ウサギと女たち』から、「誰かのワイフ」も朗読をお願いします。

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濃縮ジュースみたいな言葉を口ずさめば—窪美澄×菅原敏

窪美澄 /菅原敏

Youtubeから始まったプロジェクト「詩人天気予報」や、さまざまなイベントでの朗読など、「詩」を広く表現し、cakesの連載「新訳 世界恋愛詩集」も好評の詩人・菅原敏さんと、デビュー作『ふがいない僕は空を見た』から、常に高い人気を誇...もっと読む

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コメント

sugawara_bin 作家の窪美澄さんとの楽しき対談、第二弾アップです。詩集より「誰かのワイフ」「ピーターラビット」を朗読しています。 |窪美澄/菅原敏|ケイクス https://t.co/6IUJoKQtMN http://t.co/wfo0XNnYjF 4年以上前 replyretweetfavorite

kami_kazushige “菅原 ピーターラビットは自分の中で象徴的な存在でもあるんです。あいつが大人になって悪いウサギになったら、どんな風になるんだろうと。 4年以上前 replyretweetfavorite

manaview 誰かを救うためじゃなくて自分を救うために書いたものが誰かに届けば嬉しいだろうなって思う 4年以上前 replyretweetfavorite

misumikubo 詩人である菅原敏さんとの対談二回目です。敏さんの自作朗読「誰かのワイフ」ぜひお聞きください。すばらちい。|濃縮ジュースみたいな言葉を口ずさめば――窪美澄 ×菅原敏 https://t.co/rS8mOBhzSS 4年以上前 replyretweetfavorite