詩人が読む小説
菅原敏(以下、菅原) さっそくなんですけど、今日は窪さんの小説『ふがいない僕は空を見た』の中から、大好きな一節を読んできました。よかったら聞いてみてください。
朗読『ふがいない僕は空を見た』| 菅原敏|note
※こちらのリンク先より朗読が聴けます!
そんな風景を見ながら、リウ先生がいつか私の目の前でしたように、ぱちん、と指を鳴らしてみた。リウ先生のようにきれいな音は出なくて、かすれた音がしただけだった。指を鳴らす音が消える間に、この窓からの風景が一瞬で消えるようなことが起こっても、私はこの世界に生まれてこようとする赤んぼうを助けるだろう。だから、生まれておいで。せんせー、とみっちゃんの声がした。は〜い、と返事をしながら、ぺしぺしと頬を両手で叩いた。気合いを入れるときのみっちゃんの癖が、いつの間にかうつってしまった。開け放ったままの窓から、まだ、あまり上手に鳴けないうぐいすの声が聞こえてきた。春が、もう一度やってきたのだ。
『ふがいない僕は空を見た』新潮文庫 P306より抜粋
窪美澄(以下、窪) すごい! なんというか、菅原さんの声を通して、物語がより立ち上がって、深みを増してくるというか……。ありがとうございます!
菅原 『ふがいない僕は空を見た』は個人的にもすごく救われた一作で、これまで何度も読み返してきたんです。でも、こうして初めて声に出して読んでみると、あらためて胸に迫る言葉があったり、心に沁み込んでストンと腑に落ちたりと、自分でも意外な発見があることに気付かされました。
窪 小説に「音」が加わると、感じ方がもっと重層的になりますよね。最近、作家の友だちとよく話すのは、「書き上げるまで作家は常に一人だけで物語と向き合い続けいるので、書き上がったときにライブみたいなことができればいいのにね」っていうこと。
もちろん、文字だけで読者の方の五感をいかに刺激するか、というおもしろさ、難しさはあるんですけれど、作家自身が自分の作品を読む、という機会はほとんどないので、もしそういう機会があれば「この場面で実際にBGMが聞こえたら盛り上がるのになあ~」と思うこともありますね。
菅原 確かに目だけでなく耳からも情報を受け取ることで、さらに作品の世界観を広げることができるかもしれません。
窪 敏さんは、ライブ会場でターンテーブルやチェロを使って詩の朗読会もされていますよね。自分の作品に音楽を効果的に使っていらっしゃって、その自由度の高さがとてもうらやましいです。
菅原 窪さんが私の活動を知ったのは、何がきっかけだったんでしょうか?
窪 ある日、twitterのTLで敏さんの『詩人天気予報』が流れてきて、Youtubeで検索してみたら、敏さんがその日の天気予報に合わせて詩を朗読されていて、「わあ、おもしろい人がいる!」と注目したのが最初です。この人はいったい何なんだろう!? って。
菅原 ありがとうございます(笑)。
窪 あれはどのぐらいの頻度で続けていたんですか?
菅原 2014年の1月からほぼ毎日やって、通算100回ですね。
窪 ほぼ毎日って、すごいですよね。「降水確率は70%だけど、今年俺が真実の愛を手に入れる確率は……」とか、「防水スプレーは顔にかけたって、涙をはじいてはくれないよ」とか。雨、晴れ、くもりって毎日出てくるのに、ずっと詩にからめるのは難しいですよ。
菅原 中盤からは「晴れのち曇り、くらいじゃもう俺の心は動かされない」という感じで(笑)。どうにか切り口を工夫して、一切しゃべらない回を作ったりとか、手を変え品を変えて更新していました。
窪 でも、そのモチベーションは、何だったんでしょう?
菅原 実は『詩人天気予報』は、私の不安から始まったものだったので……。
窪 え? どんな不安ですか?
菅原 2年前に「詩人として暮らしていこう」という気持ちで会社員を辞めたものの、どうやって食っていくか方法ばかりを考えてしまっていて。本当は良い詩を書くことを第一に考えるべきだけど、その本末転倒ぶりがイヤになって、やさぐれて夜な夜なお酒ばかりというひどい生活をしてた時期があって。
窪 なんだか詩人らしい!
菅原 実際は結講しんどかったですよ(笑) 。そんなとき、最初の詩集『裸でベランダ/ウサギと女たち』の出版でお世話になったクレイグ・モドさん ※から、「何のために会社を辞めた? 決めたのなら自分から発信していかなければダメだ」と厳しく言われ。それで一念発起してスタートしたのが、『詩人天気予報』でした。
※ クレイグ・モド:作家、デザイナー、開発者。本とメディアとストーリーテリングの未来に関心を持ち、東京とニューヨークを拠点に世界各地で活動中。
窪 喝を入れてもらったんですね。でもなぜ天気予報を?
菅原 翌日になれば捨てられ、忘れられてしまう天気予報。それを詩と交えてアーカイブすることで、天気予報に新しい価値を見いだしたいというか。「昨日の天気予報みた?」って、すこしポエティックな気がして。「詩と情報の合間」にも興味があったんです。
コンセプトを決めてからは、毎夜ひとり黙々と部屋で暗幕をセッティングして、撮影・編集して、アップロードして。結果として、気象予報士さんとの対談、クラウドファンディングによるラジオ番組化、映画館での上映会、WEB媒体によるコンテンツ買い上げと、とても面白いメディアの冒険に連れていってくれたプロジェクトでした。
文脈を読めない人、読まない人が増えている
窪 わたし、敏さんのように、特定のジャンルにはまらずに、ボーダーラインにいるような人に惹かれるんです。いろいろなメディアを多用して、「自分」という存在を表現している人たち。いうなれば「職業・菅原敏」といった感じで。
菅原 ふむふむ。
窪 敏さんもそうだし、いまコラムや私小説的な文章を書いて活躍している少年アヤちゃんや、詩人・小説家の最果タヒさんもそう。型にはまらない人たちに、すごくおもしろさを感じますね。
菅原 うーん……やっている自分自身としては、あまり実感はないんです。ただ、昔読んだ高橋源一郎さんの小説『さようなら、ギャングたち』に、「紙の上のインクの部分だけが詩なんですか?」というようなフレーズがあったんです。
窪 ええ、ええ。
菅原 詩はもちろん、インクの部分も、白い紙も、ページの外側まで、ぜんぶが詩なんだよ、ということをおそらく高橋さんは言っているんだと思います。その言葉に、すごくしっくりきました。詩を書く、読む、朗読する。そんな自分の行為や、朗読のときの言葉と言葉の間の沈黙も含めて、すべてを「詩なんだよ」と言ってもいいんじゃないかって。
窪 でもね、難しいんですよ、それが今は。
窪 最近は、紙の上に書いてあることだけがすべてだと考えている人が増えている印象があります。1つの詩をじっくり読み込んで余韻にひたったり、1つの小説を書かれていないストーリーの部分まで想像して楽しんだり、自分なりにゆっくり咀嚼する人がどんどん減っている気がするんですよね。
菅原 ああ……。
窪 高橋源一郎さんが「紙の上のインクの部分だけが詩なんですか?」とおっしゃったのは20年以上前だったのかな。あのころに比べてさらに、時間をかけて誰かの作品を読むということがすごく難しくなっている。小説を書いていると実感しますね。バッドエンドなら「読後感が悪い」、逆にハッピーエンドなら「毒がない!」と、ストレートな感想が返ってくる。世知辛い世の中です(笑)。
菅原 うーん、厳しいですね。
窪 詩でも物語でも、終わったあともずっと作品の世界は続いているでしょう? そして、始まる前から始まっているものだと思うんですよ。でも、それらはすべて、読者のみなさんの「読む力」に頼らなければいけない。そこに大きなジレンマを感じることがあります。
菅原 わかります。それでいうと、私にとってのYoutubeや朗読会など様々な活動は、そういうジレンマと折り合いをつけて、できるだけわかりやすく、みんなに詩に触れてもらうための手段なのだと思います。
詩に興味を持っている人は本当に少ないけれど、こうしてポップな出面やパフォーマンスを持つことで現代詩の間口をちょっとでも広げられればいいなと思いながら、いろいろ手探りでやっているところですね。
次回、『「キャッチーでわかりやすいもの」へのジレンマ』は4月9日更新予定
待ちきれない人は、菅原さんの人気連載「新訳 世界恋愛詩集」や窪美澄さんのインタビュー「エロい気持ちは当然みんなが持っている」も併せてお楽しみください。
構成:武田純子
菅原敏さんのnoteにて、ラジオ番組や未発表の詩、真夜中日記、バンド時代の楽曲、暮らしの裏側などなど、毎週更新!
菅原敏 × 大谷有紀 展覧会
『嘘ついて星ふえる』
オープニングレセプション 4月7日(火)18:00-20:00
4月7日(火)〜19日(日)11:00 – 18:00
会場 : UTRECHT
TEL: 03-6427-4041
菅原敏さん、作詞にて参加のSuperflyニューアルバム!
Superfly 5thアルバム『WHITE』
2015年5月27日発売