第3回】唐十郎という怪優

根津甚八、小林薫、佐野史郎……数多くの名優を生み出してきた「状況劇場」。現「唐組」座長・唐十郎の姿は、自身も演劇の道に進んだ娘・大鶴美仁音さんにはどのように映ったのでしょうか? 1960年代より「特権的肉体論」を提唱し、特異な肉体と紅テントを武器に演劇活動を続けてきた鬼才・唐十郎の新刊『ダイバダッタ』刊行を記念し、大鶴さんが執筆したエッセイ「父のこと」を特別掲載です。

私が父とはじめて共演したのは舞台ではなく、映画『ガラスの使徒つかい』だった。「ミーちゃんにも役を書いたから、よろしくねー」と父は言った。監督の金守珍さんとはすでに親しくさせていただいていたので、「うん、わかった」程度の返事だったと思う。撮影中父は何も口出しせず、私の演技を真剣なまなざしで見守ってくれた。そのとき私は中学校一年で、役者になろうという気持ちなどこれっぽっちもなかった。

四年後、高校二年になった私は深夜たまたまつけたテレビで、舞台『ジャガーの眼』を目にすることになる。一九八五年、状況劇場の花園神社公演を収録した再放送だった。

それまで何度も父の舞台は観ていたが、ここまで衝撃を受けた作品はなかった。番組を観る前と後では、何かが確実に変わっていた。白いカッターシャツを着て花道から颯爽と登場する少年・ヤスヒロに、私は心を奪われてしまったのだ。父にそのことを話すと、「そうか、じゃあ出てみるか」と言った。そうして『ジャガーの眼・二〇〇八』は劇団唐組の秋公演の演目に選ばれ、私は女優を目指す覚悟を決めた。

その後、『黒手帳に頬紅を』『ひやりん』に出演し、父と同じ舞台に立った。しかし、家でも稽古場でも演出家と役者の関係を続けるのは、正直、キツかった。演出家・唐十郎に分裂したままの父と毎日をずっと過ごすのは、いつ爆発するやもしれぬ神経質な怒りと常に対峙しなければならないことを意味した。禍々しい殺気をいつも感じて、気を抜くいとまもない。仕事以外で家にいるときは「パパ」と「ミーちゃん」、父と子の関係でいい。父は七一歳になっていた。

脳挫傷を負う一年前、父は毎日のように深酒をし、医師からいくつもの薬を処方されていた。何か持病があったわけではないが、酒と薬に頼らなければ文字どおり生きていけないような悲壮感を漂わせた。

『ひやりん児』の舞台では、医師から「心臓に負担がかかるので水に浸かってはいけない」と強く言われていた。しかし、いざ本番がはじまると、舞台上に設置された水槽を獲物のように睨みつけ、後悔は何もないと勢いをつけて水のなかへダイブした。そしてしばらく全身で水を浴びながら、その感触を確かめ、客席を挑発するようにニカッと見栄を切った。

生きている。父は実感したに違いない。生きている。命を賭けて舞台に臨み、演じきること。それが役者・唐十郎の肉体であり、鉄則であり、これまで走り続けてきた矜持だった。

そのとき私は、すでに唐十郎の娘ではなく、舞台袖に控えるひとりの役者だった。娘であれば、どんなことがあっても、それを止めただろう。しかし、誰が何と言おうと、唐十郎は水に飛び込むことを止めなかったはずだ。私は、ずぶぬれの唐十郎を見ながら、この人は舞台上で死ねたら本望なんだなと思った。

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ダイバダッタ

唐十郎

死こそ妄想――唐十郎、6年ぶりの新刊! 単行本未収録小説・随筆集、6年ぶりに刊行決定! 唐十郎の“いま”を伝える、一人娘で女優・大鶴美仁音の跋「父のこと」収録。

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consaba 唐十郎という怪優「脳挫傷を負う一年前、父は毎日のように深酒をし、医師からいくつもの薬を処方されていた。何か持病があったわけではないが、酒と薬に頼らなければ文字どおり生きていけないような悲壮感を漂わせた。」大鶴美仁音| ケイクス https://t.co/TeQxhbvD3I 5年弱前 replyretweetfavorite

fka_shanghai cakesで唐十郎の娘が書いてる連載、なんでライター名が「唐十郎」表記なのかずっと気になってる https://t.co/rYND7eel9K 5年弱前 replyretweetfavorite