真藤順丈 後編「『小説極道』への道はまだ遠い」

「『小説若頭』の座にはあと二、三年でつきたい」そんなふうに語るのは、新人賞4冠を達成しデビューした異例の大型新人・真藤順丈さん。待望の新刊、極道エンターテイメント『しるしなきもの』を切り口に、小説家としての生き様を伺いました。後編では、もともと映画をつくっていたという真藤さんが筆一本でやっていこうと思ったお話。そして、小説の道を極めるにあたっての心意気を伺いました。

小説は時空間移動、内面描写、奇想を表現しやすい

小説によって王道のエンターテインメントを目指したのが『しるしなきもの』。映画や演劇などに比べて、文章だけによって派手でわかりやすい話を築いていくのは、相当にたいへんなことではないですか。

 たしかに映画のほうが、わかりやすくスペクタクルをつくり出せる面はありますよね。ただ、小説にもアドバンテージはあるので、できるだけそこを生かしていきたい。

 どんな強みがあるのか。たとえば時間の移動は小説が得意ですよね。文章だったら、「2千年後のこと」と書いてしまえば、有無を言わさず納得させられるところがある。映画で2千年後って、ちょっと難しいでしょう。どうカットをつないだらいいのか悩んでしまう。空間の移動もずっと容易ですよね。海の底から地球の裏まで突き抜けていった、といった突飛な行動も、文章で書くならできる。「映像化できない」というのは小説においては美徳だし、そういう作品は読んでいても、小説でやるべきことをやっているという感じがします。

 小説は、奇想を表現しやすい。それから、人の感情を描き出すのにも向いている。そういう面をうまくつなぎあわせれば、表現としての奥行きが出せるんじゃないかと思います。その反面で、小説には困難なところもある。いちばんつらいのは、つくっている過程がひとりぼっちで寂しいことですかね(笑)。書いているあいだ、数ケ月間はだれにも会わなかったりしますからね。僕の場合、執筆は仕事場でしていて、佳境になると泊まり込んだりするので、家族にも会わない日々があったりします。

映画などは、大人数がかかわりますからね。おもしろい話をつくるうえでは、みなで考えたほうがいいのか、ひとりでじっくり練ったほうがいいのか、どちらなのでしょう。

 善し悪しでしょうね。いろんな人とアイディアを揉んでいくことで、角のとれた当たり障りのないものになってしまうことはよくある。いっぽうで、ひとりで突き詰めてつくることで、批評性のないエゴイスティックなものになることもある。どちらがいいとは、一概にいえないでしょう。

 ただ、どちらが楽しいかといえば、みんなでやったほうが楽しいに決まっている(笑)。まあ、そこには僕自身のノスタルジーが入ってしまっているのだけれど。

かつて映画の制作に携わっておられたのですよね。

 はい、未練があるとかそういうことではないんですが、映画はなんといっても現場が楽しい、それは間違いない。自主制作映画が中心だったので、社会的なしがらみもなかったし。現場がぜんぶハケたあとの炊き出しとか、そういうのってたまらないですよ。

 いまは一日の仕事が終わっても、ひとりで机の上を掃除して、鉛筆削りにたまったカスをそっと捨てるくらいだから。酒を飲みにいったりもしないので、たまに人恋しすぎて涙がちょちょぎれます。

そんなに楽しい映画の世界から、なぜ小説へと表現のかたちを移したのですか?

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山内宏泰

文学とは、なんなのか。文学者たちは今をどうとらえ、いかに作品に結実しているのか。言葉に向き合う若き作家たちの「顔が見える」インタビューシリーズです。

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reading_photo 更新しました。もともと映画をつくっていた真藤さんが筆一本でやっていこうと思ったお話などを伺っています。 2年以上前 replyretweetfavorite