「会いたくて震える」は笑われすぎている
流行りのJ-POPの歌詞は基本的に常に稚拙である。現代社会を考察する論考の多くで、その稚拙な歌詞がシニカルに取りあげられる。西野カナの「会いたくて会いたくて震える」という歌詞は、今世紀を代表する稚拙な歌詞世界としていたずらに笑われてきた。その他の曲でも「つのる想い」や「忘れられない気持ち」を歌うことが多い彼女の歌詞は、「いつになったら会えんだよ!」「早く忘れろよ!」という雑な突っ込みを浴び続けてきた。綿矢りさが『勝手にふるえてろ』という小説を出した時には西野カナへのアンサーノベルかと思ったほどだ。
J-POPの歌詞の分かりやすさには2種類ある。ラーメン屋で例えるならば、「全部乗せラーメン」と「シンプルなラーメン」だ。ファンキー・モンキー・ベイビーズやGReeeeNといった、青臭いことをためらわずに伝えたい言葉としてとにかく全て盛り込むスタイルと、限られた言葉をどの曲でも使い回していく西野カナのようなシンプルなスタイルを一緒くたにしてはいけない。分かりやすさは一緒だが、全部乗せの前者は、受け入れるか受け入れないかであり、考察の余地は残されていない。しかし後者には考察の余地がある。このシンプルさは、シンプルを突き詰めた味なのか、もしくは海の家で食べるような安っぽさならではのおいしさがあるのか、やっぱりただの粗雑なラーメンか。それを考えずして稚拙と片付けてはいけない。
「カナについて語るなら30分では無理です、別日にしてくれますか?」
本人はインタビュー等で、たとえ同じ言葉を使っていても、シチュエーションごとに捉え方は違うはずだからと、「会いたくて会いたくて震える」方向の揶揄は本望ではないと表明している。ならば、こちらの考察こそ稚拙なのかもと疑ってみるべきだろう。事実、この数年、デビュー当初の前評判を覆すように女性シンガーソングライターとしての確固たる地位を築いているし、歌唱力にも明らかに磨きがかかってきた。
とはいえ、そのシンプルさはなかなか熟考が難しい。人の頭を借りるしかない。「カナについて語るなら30分では無理です、別日にしてくれますか?」と何度かの日程調整を繰り返し、2時間の余裕を持たせた上で西野カナについて語ってくれたのは、とあるサブカル雑誌の男性編集者・34歳。熱狂的な西野カナファンである。場所は歌舞伎町のルノアール。斜め前の強面の男が「あの件は桜井にケツ拭かせろよ」と凄んでいるなか、揉み消すかのような声量で西野カナの魅力を語り始めた。
「カナをアップデートしていない論客が沢山いるのには辟易します」
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