引き際」を認めない医療の現実—延命治療を受けるか、否か

「無駄な延命治療は嫌だ」という声が増える一方、「何かやれことがあるのではないか」と、最後まで延命治療を行う医療現場は少なくありません。1,000人以上を看取った医師・大津秀一が、がんの場合、認知症の場合の事例をもとに、当人にとっての「延命治療」とは何か、受けるか否かを判断するために何を知っておくべきかを語ります。

延命治療の範囲は人それぞれ

「延命治療」は嫌だ、そんな言葉をよく聞きます。「無駄な延命治療」「苦痛を増すだけの延命治療」と、多くの場合に否定的な言葉と一緒に語られることが多いからでしょう。

しかし、本来の延命治療は、病気の完治は難しいけれど「命を延ばす治療」ですから、けっして絶対悪というわけではありません。それでは、どういう場合にそれは「無駄」になり、あるいは「苦痛を増すだけ」となるのでしょうか。

例えば、20代女性の末期がん患者が、「私は限界まで治療を受けて頑張りたい」と願ったとします。「親からもらったこの身体を、一分一秒でも長く保つことが、最後の希望です」と願い、人工呼吸器をつけて、苦しみが増えることを承知したうえで、命の長さを選んだとします。これは無駄な延命治療、あるいは苦痛を増す「だけ」の延命治療と言えるでしょうか。少なくとも本人にとって価値のあることだと思います。

一方で、80歳の男性の食道がん末期患者が、食道狭窄から何も食べられなくなってしまったとします。彼は常々、「もう十分生きた。私は食道がんだという。もし食道が詰まったら、私は何も食べられまい。一切の栄養は不要。そのまま逝きたい」と言っていました。この場合、医療者からすればたった1本の点滴でも彼からすると「無駄」に、点滴針をちくりと静脈に刺す痛みも「苦痛を増すだけ」になりうるのです。

そう、皆さんおわかりのように、それは千差万別なのです。私自身は、延命治療は好きでも嫌いでもありません。ただ自分が望む選択肢に近いものを選んでほしいと願うだけです。

がんの場合、認知症の場合

上述のようながんの場合で、余命がおおよそ数週間になると、延命治療を行っても長く生きられる方は、けっして多くはありません。それでも、患者さんよりもご家族が延命治療を望まれることがあります。その多くは、患者さんが望まぬ延命治療になり得ます。

一方、認知症の場合は、がんとは事情が異なります。認知症の終末期では、老衰や肺炎などで亡くなる方が多くいらっしゃいます。これらの病気になると、自分で食事を摂ることができなくなります。こういうとき、点滴や胃ろう(胃に穴を開けて、栄養液を入れる)を作れば、数年間生きられることもあるのです。栄養補給によって少し元気になり、ある程度の意思疎通もできるようになったりします。ただ、ここまでの状況になると、認知症であるご本人はその処置を望むかどうかもう判断できないことが多く、ご家族にその判断は委ねられることが多いことは理解しておきましょう。「本当に本人の意思なのか」があやふやな例は、けして少なくないのです。だから事前の意思表示が重要だということになります。

がん死は「餓死」ではない

ここで、みなさんに一つ覚えておいてもらいたいことがあります。

ニュースやドラマなどの映像で、人が病気で亡くなるときはやせ細っているため、「終末期=栄養不足による衰弱」、「死=栄養不足」による餓死と考えてしまう方もいるようです。しかし、これは全く違います。

がんを代表に、さまざまな病気の進行期に起こっているのは、「悪液質」という状態です。「悪液質」は、身体の中のサイトカインという微量のタンパク質の中でも、特に炎症機転に携わる炎症性サイトカインによって代謝に変化が起きるものです。栄養があっても身につかずに衰弱し、生命維持が困難になるのです。

このことは最近になってようやく知られてきていますが、それでもがんの終末期に、医療スタッフから「栄養を摂らないと死んでしまう」「最低限、点滴は必要です」などと誤った説明がなされていることも少なくありません。そのため、残り時間が少ない患者さんが、どこでどのように過ごすかということよりも、「なんとか食べなきゃ」「点滴ができないから、家に帰れない」などと、自分を追い込む姿を目にするのは悲しいことです。

延命治療は嫌がりながらも食べ続けた60代男性

延命治療を嫌がりながら、「俺にできることは食べるほかにない」としきりに仰っていた60代の末期がんの患者さんがいました。がんの悪液質のことは伝えましたが、それでも難しいものです。

「食ったって食わなくたって同じなんて、そんな残酷なことあるか!」

食事の量が足りないというよりも、筋肉や脂肪を減少させる物質が体内にあるために、やせてしまうのです。それは肉眼では見えません。しかし、「食べていない→やせる」という因果関係は見えます。そのため、減った筋肉や脂肪を取り戻そうと、吐きそうになるのをこらえながら彼は食事を口に詰め込むのでした。

「食べられるようになるまで、俺は帰らない」と彼は言っていましたが、それは残念ながら、もう退院できないということ、最後まで食べられないことに苦しんで逝くことを意味していました。

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mmmeeekkk んだんだ。 5年弱前 replyretweetfavorite