コドク共有

追伸、アンインストールしました。 [ACT2-5]

ファミレスの駐車場で別れる義人とこずえ。彼らは、シュオンにまつわる”疑問”に対し、なんとなく答えがつかめたような気がしていた。
そしてこずえは、”変われない自分”から、すこしづつ変化してみようと前を向こうとするのだった......

 夜気は、店を出たときには白く淡い光を含んだ霧に変わっていた。

 義人の原チャリが無数の水滴で覆われ、厚い霧の遥か向こうからおぼろげに差し込む陽を受けて輝いている。義人はターコイズブルーのヘルメットを被ると、言った。

「送れるようなバイクじゃなくて、すいません」

「ううん。結局、朝になっちゃいましたね。仕事、大丈夫です?」

 義人はタオルで水滴を拭い、「午前中は、ほとんど動かないんすよ。アニメーターも演出家も寝てますし。オレも、会社で昼ぐらいまで寝ます」と膨れたショルダーバッグを背中に回した。

「ありがとう」

「いえ。お役に立てたかどうか。オーディション、頑張ってください。そうじゃないと・・」

 言いかけて、口ごもる。意味不明の、笑み。だが、今の笑みは意味が分かりやすいか、とこずえは脳内会話で独り言ちた。そうじゃないと、もう会えないものね。

 金属質のエンジン音が寝ぼけたようにかかり、スロットルを回すと、それはすぐに鼻を刺激する排ガスを噴出して、朝霧の幕を乱した。ギアを入れようとした義人の足が、一瞬止まった。こずえがその仕草に気づき義人と目を合わせた。

 その目が、言うか言わずにおくか迷っていた。だがそれも、ほんのわずかな間のことだった。

「あの。・・・消せないと思うんです、オレ」

「え?」

「シュオンは超能力者だから。その能力を最大限に引き上げられて。でその。なかなか消えない記憶を、最後にはすっかり消せるようになる、って。じつはうちの監督が言ってるんですよ。でもオレ、人間って。それは無理なんじゃないかなって、思うんですよね」

 うん・・・。こずえは、はっきりとそう言ったが、それは言葉として彼に送り出してあげることができなかった。

「だからこの先も、このままシナリオ打ち合わせに出させてもらえたとしたら、オレ、言ってみようかと思ってるんすよ」

「なんて?」

「シュオンは超能力者だけど。でも超能力者だって、人間なわけだから。だから、シュオンもやっぱり、完璧にはアンインストールできなくても、許されるんじゃないかって」

「うん・・・」

 今度は、声に出していた。「うん、そうだね」

「そしてそれでも彼女は、戦いに行けるんじゃないかって、そう思うんです。じゃないと」

 また、笑みを作った。それは、こみ上げたある感情が炸裂してしまうのを防ぐためのもののようだった。

「じゃないと?」

「シュオンが、人間として生きてることにならないと思うんです」

 スロットルを小さく吹かす。「そんなシナリオの打ち合わせが来るまでに、オレ、もうちょっと発言力持っていられるといいんすけど」

 笑みを見せる。そして一気に音量を上げたエンジン音の中に、こずえの目にした、耳にした様々なものが消えていった。彼の声も、彼の笑みも、ターコイズブルーの鮮やかなヘルメットも。

 こずえが白い光の霧がゆっくりと晴れていくと改めて気づいた時には、駐車場にはもう彼の姿はなかった。体が冷え切っていた。だがその冷たさは、彼女の気だるくもやもやと立ち込める不確かな霧を追い払い、剥きだしの自分を晒しだす潔い心地よさだった。

 そうか。・・・そうだよね。

 こずえはようやく顔を出した丸裸の自分に向かって呟くと、その言葉はたちまち熱エネルギ―となって全身に浸み渡っていった。

 サイボーグになったシュオンは、きっとこんなふうに自分の意思を体の末端にまで送り届けるのだ。

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コドク共有

寺田憲史

「ねぇ、自殺って遺伝するの?」アニメ会社で働く柏原義人は、父親を自殺で亡くした少年・祐介にそう聞かれ、言葉につまる。それは、義人も同じように父を自殺で亡くしていたからであった… 誰もが持っているコドク。そのコドクはどこかで、誰かとつ...もっと読む

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コメント

AkikoShiragami "さっさとやれよ。めそめそするんじゃねーよ。そんな感じに。そんなふうに、不安でいっぱいの気持ちに嘘ついて、精一杯強がって。" 約5年前 replyretweetfavorite

corkagency ファイナルファンタジー1~3のシナリオを手がけた寺田憲史の『コドク共有』第8回が更新。 二人が見つけた答えは、彼女のコドクに寄り添い、そして、背中を優しく押した。 第8回はこちらから https://t.co/57tQ05tFu8 http://t.co/jVdBwcB1iY 約5年前 replyretweetfavorite