コドク共有

水槽の中のスペース [ACT2-4]

義人が『ARMANOID』の制作スタッフであることを知ったこずえは、シュオンのセリフについて話を聞くため、深夜のファミレスで義人と会う。
シュオンについて話す二人は次第に”ある疑問”へとたどり着く...

 こずえがその店に入るのは、はじめてだった。

 大手ファミレスチェーンの店は、シートや壁紙などの内装はもちろんメニューのデザインまで見慣れたものだったが、昼間都心の店で親しんだ雰囲気とは明らかに違う。夜更けにやってきて店内のあちこちに離れて溜まる客たちは、窓の外から手繰り寄せた夜気のシートをテントのように張って、それぞれがそれぞれの営みに埋没できる居心地のいい空間を確保していた。

 店内に立ち込めた夜気を微かに裂いて、小さなエンジン音が滑り込んでくる。

 こずえが大きなガラス窓の向こうに目をやると、闇に浮かんだヘッドライトの球がみるみるうちに広がって、原チャリが姿を見せた。街灯の光に照らされる位置まで来て止まると、鮮やかなターコイズブルーのヘルメットを脱いだ。うにこずえを見つけていたのか、義人は例の意味不明の、だが人懐っこい笑みを浮かべてぺこりと頭を下げた。こずえが店に入るとすぐに、ほんの少し遅れます、すいませんとメールを受けていた。

 お待たせしちゃって、すいません! こずえは、彼の代わりにすいませんを言って唇の端をあげた。彼は背中に回していたショルダーバッグを手前にすると、すこし自慢気にその膨れたバッグを叩いた。そこに、設定進行の資料が詰まっているらしい。

「シナリオの進行が遅れてましてね」

 義人はテーブルに広げた資料をひと通り説明すると、何冊かのシナリオを見せた。それはまだきちんと印刷されたものではなく、コピーだった。表紙におそらくは彼の字で『準備稿』と書かれてある。

「オリジナルなもんすから、なかなか決定稿にならないんですよ。ほら漫画とかの原作があると、ある程度はもうアニメ化の時点で世界観が見えてるじゃないっすか。でもオリジナルは、そうもいかなくって」

「打ち合わせに参加する人たちが、あれこれご意見をおっしゃるわけね」

「そうなんっすよ。書くのはライターさんじゃないですか。結構、苦労してるみたいです」

 彼は、そんなシナリオ打ち合わせの段取りをつけたり、また監督やプロデューサーからあれこれ言われ、書けなくなったり怒りだしたりするシナリオライターの、時にはなだめ役までやるらしい。

 しかもまだ、東京アニメに入って半年。『ARMANOID』のトレーラーが制作されたときには、スタッフじゃなかったのだ。設定進行を任されるようになってからは、この企画のかなり初期の設定にまで遡って世界観を把握する必要があった。

「映画のオタクが役立ったってことですね」

「どうだろ。他にやることないから映画見まくってたっていうのが、リアルなとこかもです。もっとガキンチョのころは、録りだめたアニメ繰り返し見てましたし」

「あ、わたしも。子供ころって、同じアニメ何回見ても飽きないのね。今考えると、よくもまぁ同じアニメばっか見てられたなぁって」

 こずえはそう言って笑おうとして、途中で固まった。飽きなかったわけじゃない。それ以外にすることがなかったのだ。目の前の彼が、たった今白状したのように。

 こずえは本題に入った。

 アンインストールしました。その意味は、確かではないにしても想像できないことではなかった。シュオンは、サイボーグ戦士に改造されるのだ。人間としての精神と機械化された肉体。おそらくその過程で、戦士として不要なものを削除しなくてはならないはずだった。

「記憶。つまり、思い出ですかね」

 義人がぽつりと言った。目はこずえを見ていたが、口から出た言葉はUターンして彼の胸に吸い込まれていくようだった。

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コドク共有

寺田憲史

「ねぇ、自殺って遺伝するの?」アニメ会社で働く柏原義人は、父親を自殺で亡くした少年・祐介にそう聞かれ、言葉につまる。それは、義人も同じように父を自殺で亡くしていたからであった… 誰もが持っているコドク。そのコドクはどこかで、誰かとつ...もっと読む

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corkagency ファイナルファンタジー1~3のシナリオを手がけた寺田憲史の『コドク共有』第7回が更新。こずえと義人に浮かんだ疑問は、答えを望むでもなく、ただ二人のコドクを映し出す。 第7回はこちらから https://t.co/w2zbpaijEx http://t.co/fQ83isO7KS 2年以上前 replyretweetfavorite