コドク共有

生き甲斐だとか、陳腐っすよね [ACT2-3]

アニメのイベント会場で偶然にも再会したこずえと義人。お互いが同じ業界にいることや初めて会った日のことを話す内に、2人は次第に意気投合していく......

「あの、うちら一度会ってますよねぇ?」

 こずえがイベント会場を出ようとすると、その男の子がそう言って声をかけた。

 はじめファンかと思ったが、オタクの多数派を占める外見とは違って、こざっぱりした身なりで人懐っこい笑みを浮かべている。

「びっくりしました、こんなところでまた会えるなんて。声優さんだったんですね」

 レギュラーで出演しているギャグアニメのイベントだった。スポンサー企業が社会貢献事業の一環として子供たちを招待し、アニメを見せたり、声優たちとアフレコの真似事をさせるといったものだった。こずえは元気な男の子の役で、わりと人気のあるキャラを担当していた。

 少し離れたところで、年もばらばらの十人ほどの小学生、それに付き添いの女子大生風の子たちがこちらを見ている。彼と一緒のグループのようだ。イベント関係者によれば、親の虐待で施設に入っている子供たちや母子家庭の子供たちが優先的に招待されるということだった。そのため施設の関係者やボランティアの若者も多く来ていた。だがこずえはこういったイベントに参加したのは初めてだったし、声をかけてきた男の子にも見覚えがなかった。

「すいません。お会いしてないと思いますけど」

 率直に答えるしかなかった。「えっ?」相手はすぐに笑みを凍らせたが、背後の子供たちの期待に満ちた瞳を意識してか食い下がってくる。

「あの、半年ぐらい前なんすけど。オレ、勧誘のバイトしてて。それで声をかけさせてもらったんですよ」

 彼が声をかけた場所は、こずえがよく利用する駅の広場だった。だが一向に、彼の顔を思い出すことはできない。

「ごめんなさい」

「そ、そうすか。いや、こちらこそすいません。子供たちが、あなたのやっているキャラのファンなもんですから。ちょっと自慢してやるかなって」

「そんな。あなたのようなボランティアをしているような人に、自慢だなんて言われる立場じゃないわ」

「ボランティア?」

「あ、違うんです?」

「あいや。まぁ、そう言われてみればボランティアかも。手伝ってるだけですけど」

 すこし困ったように笑ってみせる。慈善運動を声高に叫ばれると反感を抱いてしまう。こずえは彼の言い回しにすこし好感した。それで覚えていない会ったことないと一方的に言い張って別れるのも気の毒な気がして、言葉を継いだ。

「お手伝いは長いんです? それこそ勧誘のバイトでわたしに声をかけたっていう時も?」

「あ、ちょうどそのころからですかね、やるようになったの。でも今は勧誘、やってないんです。おかげさまで」

「え?」

 彼は「あ、いえ」と、おかげさまでと口走ったのを慌てて取り繕うと「じつはオレも、アニメの仕事やってまして」と続けた。

「あ、そうなんですか」

「進行ですけど。ほらシンコ―これ持ってけー、こらシンコ―あれ回収して来いって」

 こずえは思わず噴き出した。アニメの制作現場で、制作進行というのは、末端の仕事だ。アニメの制作過程のすべてに立ちあう重要なスタッフだが、そのわりに薄給で、しかも仕事の時間は昼も夜もない。アフレコスタジオでそれらしいスタッフを見かけることはあるが、こずえのような声優とはほとんど接点がない。

「いきなり声をかけちゃいまして、すいませんでした。きっと調子に乗ったんです」

「どういうこと?」

「あ、ほら。なんだ、同じアニメ村じゃん、声かけちゃってもいいよねぇみたいな?」

 彼はそこまで言って、だが急に自分の言葉を疑ってしまったように喉を詰まらせた。そして「軽くてすいません」とぺこりと頭を下げた。

 こずえの頬を、なぜか不可解な気配が撫でた。目の前の軽さを装う彼が、なぜかほんのすこし、罪のない嘘をついた。哀しい時に笑ってみせたり、苦しい時に平静な自分を押し付けようとしたり。軽さを装うことで、人がこれ以上自分のことをあれこれ詮索してこないように見えない壁を作ってみせた、そんな気がしてならなかった。

 そういえばシュオンの笑っている顔も、どこか嘘が漂っている。

「あ、それじゃ」

 彼が子供たちのところに戻ろうとする。「また、何かのアフレコでお会いするかも知れませんけど」

「どこです?」

「え?」

「まだ制作会社を訊いてませんでした」

「東京アニメっすよ」

「東京・・アニメって、あの」

 こずえは思わず口走って、だがその先どう言葉を継いだらいいものかと口ごもった。

Come.tコメットっすよ。何年か前に買収されて、本当は『Come.tアニメーション』ってなるはずだったらしいんですけどね。あ、ほら、ソニーピクチャーズと同じで」

「え?」

「表向きは、コロムビア・ピクチャーズ。アメリカ人に親しまれた名前を、いくらソニーが買ったからって、名前残さないと反感買うじゃないっすか」

「詳しいんですね、映画のこと」

 彼は「あはっ」と少し意味不明の笑みを漏らし、「これからまた会社に戻らないと。新作の班なんで、もうぐっちゃぐちゃで」と、手を挙げて子供たちのところに駆け戻っていく。

 東京アニメの、新作。それって、あの・・。

 掃除を怠ってすっかり濁らせてしまった水槽の底から、まるで『ARMANOID』と書かれた札がゆっくりと水面に浮かんできたようだった。こずえはその札をすうっとすくい上げ、声をあげずにいられない衝動に任せた。「あの、ちょっと!」

 呼び止められた彼が、振り返り目を丸くする。その向こうで、子供たちが待ちくたびれたようにこちらを見ている。

「あの子たちに、わたしが何かしてあげられること、あります?」

 さっき声をかけてきた時の、人懐っこい笑みを浮かべた彼に戻っていた。

「そりゃぁもう。サインしてくれちゃったら、オレ、しばらくヒーローっす」

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コドク共有

寺田憲史

「ねぇ、自殺って遺伝するの?」アニメ会社で働く柏原義人は、父親を自殺で亡くした少年・祐介にそう聞かれ、言葉につまる。それは、義人も同じように父を自殺で亡くしていたからであった… 誰もが持っているコドク。そのコドクはどこかで、誰かとつ...もっと読む

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corkagency 【続】ファイナルファンタジー1~3のシナリオを手がけた寺田憲史『コドク共有』20時まで無料公開中。ぜひご覧ください。 ACT2-3 約5年前 replyretweetfavorite

kyo_shinozaki  凄い引き込まれる 約5年前 replyretweetfavorite

corkagency ファイナルファンタジー1~3のシナリオを手がけた寺田憲史の『コドク共有』第6回が更新。 アニメのイベントで再会するこずえと義人。2つのコドクが交わり、物語は動き出す。 第6回はこちらから https://t.co/V1mg9Jj3sf http://t.co/41ePlepIJu 約5年前 replyretweetfavorite