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出口がみえない世界 [ACT2-2]

こずえは、声優として頭角を現していた。だが劇団の演出家・鮫島は、こずえが声優を続けるのを嫌い、認めようとしなかった。そんな折、小西はこずえに新作アニメのオーディションの話をもちかけてくる。
鮫島との微妙な関係を引きずりながらも、こずえは自分らしい生き方を模索しだす......。

なんていう哀しい目をしてるんだろう。

 小西から渡されたアニメの資料には、キャラ表と呼ばれる各キャラクターの表情集があった。トレーラーを見ただけでは分からなかったが、物語の当初ヒロインは三歳、そして彼女が十七歳になってから本格的なストーリーが展開する。母親と仲睦まじく過ごしている幼女のころや、敵に立ち向かう場面などがあったが、こずえは、その笑った顔や怒った顔の中に、なぜか共通してあるひとつの感情が一貫して流れているように思えてならなかった。

「なんか泣けちゃうでしょ、その子」

 小西は紅茶をこずえの前に差し出すと、椅子に膝を揃えて腰掛け、背筋を伸ばした。オカマは感受性と姿勢の良さでランクが分かれるの。その口癖どおり、いつもその時々のこずえの気持ちを的確に読みとった。

「シュオンっていうんですって、その子。生まれつきの超能力者ってヤツ」

「超能力ものなの?」

「どうかしら。内容まではわたしもまだ読んでないの。ただとにかく、今どき珍しいオリジナル企画だって話」

 こずえは、週二本のアニメ番組のレギュラーを抱えていた。両方とも人気漫画やゲームが原作のアニメだった。たしかに小西が言うように、ストーリーはもちろんキャラクターもまったくオリジナルで制作されるというのは、最近ではかなり特殊なケースらしい。

「さすがCome.tコメットだよなぁって、もう業界では持ちきり。ほら、ライツ、ひとり占めできるじゃない」

「どういうこと?」

「名の売れた原作物だと、テレビ局や代理店とかがとっくにお手付きしちゃってるのね。アニメの権利者がたくさんいると、海外セールスやキャラビジネスやるにしたってあれこれ面倒なの」

「ふーん。あ、それでオンエアーする前から、カンヌの見本市とかに?」

「ウイウイ。もうすでに、フランスや中国から引き合いがきてるんですって。だから、オーディションにもリキ入っちゃってて。今、アニメの制作会社がオーディション用にわざわざ短いアニメを作ってるらしいよ」

「え? ということは、実際にアフレコするんだ」

 こずえは、これまでにも何度かアニメ番組のオーディションに参加したことがある。だが参加したといっても、実際はマネージャーである小西に「あなたの声、プロデューサーに送っといたから」と言われただけだった。声優は声の良し悪しではなく、声があくまでもそのキャラクターに合うかどうかが判断基準となるからだ。

 たしかに資料をめくっていくと、シーンごとの状況説明とともに、主人公シュオンをはじめ主要キャラクターのセリフが何ページにも渡って書きだされている。おそらくシナリオから、抜粋したのだろう。

「とにかく発想が違うよねぇ、Come.tさん。このオーディションもしっかりとビジネスチャンスにしちゃってて。オーディション風景は、ネットで世界同時配信。しかも英語、中国語、韓国語の同時字幕付き」

 こずえは目を剥いて、すごいねそれってと小西に訴えた。

 海外の日本アニメのファンは、アニソンの日本人歌手はもちろん、声優に関してもその国の吹き替え版には見向きもせず、オリジナルである日本語版に拘る、そんな記事は何度も目にした。通常は見ることができない日本アニメのオーディション風景が見られるとなれば、話題作りには抜群の効果を上げるはずだ。

「だからね、参加する声優にはちゃんとギャラも支給されるんだよ。アニメのオーディションでギャラ出るのなんて、たぶん始めてだと思う」

 そして大手声優プロダクションでは当然一押しの若手を送り込んでくること、さらに去年NHKの朝の連続ドラマに主演した女優まで参戦しそうだと続けた。

「こずえ、はっきり言ってこれはチャンスだよ。そりゃぁわたしだって役者の端くれ。舞台の喜びは知ってるつもり。でも鮫には悪いけどさぁ、ああいうお芝居はどこまで行っても出口が見えない世界。居心地のよさにどっぷり漬かっていられるうちはいいけど、ふっとお外の空気を吸ってみようと思ったら、退場しなくちゃ、ダメ」

 出口が見えない世界。こずえはその言葉にすこし引っかかる感覚があった。

 小演劇の舞台では、観客は役者の唾が飛んでくるほど近くにいる。鮫島が稽古の度に言った。「笑わねぇヤツには、そいつの首根っこ捕まえてでも笑わせるんだよ。泣かねぇヤツには、そいつの腹に飛び込んで泣かないように泣かないようにって閉じてる蓋を無理矢理こじ開けちまうんだよ」

 たしかに鮫島の芝居は出口が見えない世界というより、出口があるのを気づかせては行けない世界かも知れない。鮫島の論に対して、いつだったか小西は「俺たちの芝居がどうだのとか、わたしら突っ張って生きてるけど、ホントは孤独が怖いのよ。だからお客さんの中に割り込んでいこうとするの。だから劇団なんて吹きだまりに溜まっているの。鮫ちゃん? 同じよ、あの子も」とこっそり言った。

「出口が見えない、かぁ。小西ちゃん、時々哲学的なこと言ってくれるよね」

「当たり前でしょ。これでも三四郎池で文学した口だよ。日本のアニメは変わる。Come.tならそれができる。これは、勘なの」

 こずえはようやくことの重大さに気づいていた。

 これまで声優の仕事はアルバイトだと思っていた。鮫島の年三回の公演を何より優先させてきたし、アニメ番組のアフレコの日時が舞台と重なった時には、小西が音響監督と掛け合って別の日にこずえだけ収録してもらったこともある。

 劇団では、衣装や小道具、それに大掛かりではないにしても舞台装置まで、なんでも団員総出でやるというのが基本だった。だが声優の仕事が増えるにつれそれらに参加できなくなると、こずえは自らチラシの編集を担当すると申し出た。公演間際に制作するチラシの編集作業は、鮫島が始終変更するので毎回担当者が悲鳴を上げていたのだ。だがそれは、肉体労働を手伝えない負い目からだけではなく、こずえが声優をしていることを面白く思っていない鮫島に対し、彼女なりに自分の生活の主体はあくまでも劇団活動なのだと訴えたいからでもあった。

「なによ、こずえ。また鮫ちゃんのこと考えてるんでしょ、バカ」

 こずえが手にした資料を見るでもなくめくっていると、小西が鋭く心の襞に滑り込んでくる。「待ってるのね、相変わらず。おバカさん・・」

「バカバカって何度も言わないでよ」

「バカにはバカって言ってやったほうがいいの。バカを野放しにして褒めるから、世の中バカばっかりになっちゃったんじゃないの、バカ」

「んもう」

 こずえが鮫島と関係を持ってすぐ、彼には自分と並列に付き合う女がほかにもいるのだと知らされた。だがその時のこずえには、不思議なことに怒りや嫉妬といった感情が湧いてこなかった。お前もほかの男と寝てみなよ。そう付け加えた鮫島に、後ろめたさや気負いもないのだった。だがそれからしばらくして、肉体を絞り上げるような稽古を重ね舞台に立つようになると、それまで彼女の血流を覆っていた淀んだ脂は霧散し、生来の気質が体の末端に浸みわたっていく感覚を得た。それでこずえは声優を始めて少し経ったころ、鮫島に対して劇団以外のことで個人的な誘いを断るようになった。鮫島はそんなこずえの変化に、「なら、それでいいんじゃねぇ」と言っただけだった。

 ではわたしは、いったい鮫島さんの何を待っているというのだ。

「人間、変わらないっていうのが、鮫の口癖でしょ。それともあんた、鮫ちゃんがそこらの男みたいにころっと一夫一妻の身持ちのいい男になって帰ってくるとでも思ってるの」

「そんなわけないでしょ」

 すこしムキになった。小西がその意味を取り逃がすはずもない。

「だったら、いい加減、鮫のことで声優の仕事にブレーキかけるのやめなよ」

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寺田憲史

「ねぇ、自殺って遺伝するの?」アニメ会社で働く柏原義人は、父親を自殺で亡くした少年・祐介にそう聞かれ、言葉につまる。それは、義人も同じように父を自殺で亡くしていたからであった… 誰もが持っているコドク。そのコドクはどこかで、誰かとつ...もっと読む

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