時が止まった「止界」の秩序を乱そうとする者は、異形のモノ=「
身体から魂のような「
—— この作品は第1巻からいい意味で予想を裏切られて、そのまま一気読みしてしまいました。
堀尾省太(以下、堀尾) あ、はい……。ありがとうございます。
あらすじ:ある日の夕方、主人公・
—— 読み始める前は、「時間を止めたり動かしたりしてゲーム的に戦うのかな」って想像してたんです。でも実際には、冒頭で一度、時間が止まった世界である「
堀尾 そうですね。このマンガでは、とにかく「閉鎖空間」というシチュエーションを作りたくて、こういう時間の止まった世界を考えました。
—— しかも、ありふれた一戸建ての並ぶ街の中で、血なまぐさい戦いが繰り広げられるというギャップも効いてます。
ありふれた風景だが、「止界術」によって時間が止まっている(『刻刻』第1巻より)
堀尾 最初に頭に思い浮かんだのは、こういう普通の住宅街の中で、登場人物が塀に身を潜めてるっていうワンシーンだったりするんですよ。しかも、手に持っている武器が、包丁とかナタみたいな日用品だったらおもしろいかなって。
—— なるほど。そんな特殊なシチュエーションでありつつ、人物描写がものすごくリアルで、「いるいる、こういう人」と何度もうなずきました。
堀尾 ありがとうございます。うれしいです。人物設定は、リアルに見えるようにかなり気をつかったんで……。
このマンガの中に出てくる人物って、「一般人ってこんなもんじゃない?」って僕が個人的に思うレベルの人たちを描いているんです。普通の人が、いきなりこんな極限状態に置かれたら、誰だってそんなにうまく立ち回れないと思うんですよね。
—— 個人的には、主人公の樹里たちが「止界」に入る前の、まだ序盤の段階で、樹里の父と兄が家のリビングにいる図を見て、衝撃を受けたんです。
引きこもりの兄が、生気の抜けた顔でゲームをしているのを、同じく生気の抜けた顔で無職の父がぼーっと眺めているという……。ものすごくダメな空間ですよね(笑)。
ともに無職の父と兄が、家でひたすら無為な時間をすごしている、いたたまれない図(『刻刻』第1巻より)
堀尾 あれは、前に仕事仲間から聞いた話をモデルにしてるんですよ(笑)。その人が正月に久々に実家に帰った時に、家族の様子がこんなだったらしくて。その話がすごくおもしろかったので、「いつかマンガで使っていい?」と了承を取りました(笑)。
—— そんな父が、後半、ある意味で異常なほどの活躍を見せますよね。みんなが人を殺すことを躊躇する中で、父親だけあっさりと人を殺そうとしたり。
堀尾 そうですね。最初は平均的なダメ人間のイメージで描いてたんですけど、だんだん、ちょっと飛び抜けた人間に作り変えていった部分はあります。普通にいそうな人を描きたいといっても、ストーリーを進める上で、誰かに飛び抜けたことをしてもらわないと話が動かないので。
担当編集(以下、担当) そういう点では、あの父親のキャラクターは“みっけもの”だったと思いますね。確か、ネームの打ち合わせをしてる時に、「シリアルキラー」の話が出たんですよね?
堀尾 えぇ、そうですね。
担当 たとえば、戦地に行って人を殺しても、心に傷を負わない人はいます。彼らは帰還すると、普通に社会の一員として生活していく。そういう、人を躊躇なく殺せる人がすべて「シリアルキラー」なわけではない。樹里の父親がそういう人だったらおもしろいねっていう話はふたりでしてました。
堀尾 物語って、ちょっと“現実離れ”したものだと僕は思っているんです。だから、自分の中で考えた現実的なキャラクターを、現実的に動かすのは簡単なんですけど、それをやっていると、ストーリーがぜんぜん現実離れした方向に進まないんですよ。それで、あのお父さんにちょっと無理をしてもらった感じですね(笑)。
まだプレステ2で時間が止まっています
—— 「止界」のことに話を戻したいんですが、このシチュエーションってどうやって思いついたんですか?
堀尾 いやー、無意識にいろんなところから引っ張ってきてると思うんですけどね……。ひとつあるのは、能條純一先生 ※1のアシスタントをしていた時に、“時間の止まった空間”の背景を描かせてもらったことかなぁ。
※1 能條純一 『哭きの竜』、『月下の棋士』などで知られる大御所マンガ家。
—— なんていう作品ですか?
堀尾 『奇跡の少年』というSFものなんですけど。その背景を描きながら、「すごくいいな」って思っていたんです。でも、作品の中ではそういうシーンはチラッとしか出てこなかったので、もったいないなぁという気もしてました。
—— 『刻刻』では、そのワンシーンを目一杯広げて、すべてを時間が止まった世界で描いたということですよね。
堀尾 そういうことですかね。影響っていう意味では、ゲームの『SIREN』※2も大きいと思います。一時期、すごくあれにハマってて、何度もプレイしてたんですよ。
日本の風景の中で、畑仕事してるおばあちゃんとかにカマで襲われるっていう、あの感じがすごい好きなんですよね。絶望感があって(笑)。
※2『SIREN』 PlayStation2向けに発売されたホラーゲーム。昭和の匂いのする寒村を舞台に、日本の土着的・民俗的なモチーフを取り入れたストーリーが展開される。
—— 日常で見慣れたものが、怖いものに変質する恐ろしさですね。ゲームはお好きなんですか?
堀尾 好きなんですけど、そんなにたくさんのタイトルはやってなくて。気に入ったものを何度もやるタイプですね。だから、いまだにプレステ3も持ってなくて、まだプレステ2で時間が止まってるんです(笑)。
—— 作者の時間も止まってると(笑)。『刻刻』では、昼でも夜でもない、夕飯時の中途半端な時間で世界が止まっています。これも、独特の雰囲気をかもしだしてますね。
堀尾 あぁ。単純に、日が沈むか沈まないかくらいの光と影の雰囲気が、描いていて楽しいんですよね。それに、夕方は“逢魔が時”って言うから、この作品のストーリーに合ってたのかなと思います。
でも、最初は夕方にしようか日が沈んだ後にしようか迷ってたんですよ。担当さんと相談して、夕方にすることにしたんですけど……、夜にしなくてよかったですね。ずっと暗いと、画面的に楽しくなさそうだから(笑)。
—— ちなみに、ちょっとプライベートなことをお聞きしたいんですが……。今、おいくつですか?
堀尾 41歳です。
—— 見えない!
堀尾 よく言われます(笑)。タバコを買う時に、タバコ屋のおばあちゃんに止められたり。
担当 「アフタヌーン四季賞」の大賞をとった時は、いくつでしたっけ?
堀尾 23歳です。
担当 当時の担当編集は僕の大先輩なんですけど、『刻刻』が始まった時(2008年)に僕のところにやってきて、「この堀尾君というのは、あの堀尾君かね」って聞いてきたんですよ。
—— 四季賞から実に12年後のデビューですもんね。
担当 そうなんです。だから当時の担当は、「よかった、デビューできたんだ」と(笑)。「彼は絶対に天才なんだけど、天才すぎてデビューできないと思ってた」って言ってました。たぶん、こだわりの強さとか、妥協を許さない性格のことを言ってると思うんですけど。
堀尾 まぁ……、わがままなだけだったと思いますけど(苦笑)。
次回、「あれはガンダムとか、ナウシカとか、ラピュタとか……」は3/20(金)更新予定!
構成:西中賢治 撮影:加藤浩
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