タモリが森繁久彌から受け継いだもの

戦後史とともにタモリの足跡を辿ってきた本連載も最終章。70歳編の始まりは、多彩な趣味を持つことで知られるタモリが、なぜかテレビで披露することのない「船」のお話から始まります。高校時代から船舶無線通信士になることを夢見ていて、タレントになったあとも一級小型船舶操縦免許を習得、現在では「タモリカップ」という自分の名を冠したヨットレースを開催するほど。そんな船好きがきっかけで、あの大物俳優との関係がはじまります。

終戦直後に生まれ古希を迎えた稀代の司会者の半生と、 敗戦から70年が経過した日本。
双方を重ね合わせることで、 あらためて戦後ニッポンの歩みを 検証・考察した、新感覚現代史!
まったくあたらしいタモリ本! タモリとは「日本の戦後」そのものだった!

タモリと戦後ニッポン(講談社現代新書)

70歳の地図—タモリと戦後ニッポンの70年 1

船舶無線通信士になりたかった少年

『笑っていいとも!』終了後初のタモリのレギュラー番組として2014年10月に始まった『ヨルタモリ』(フジテレビ)では、番組中のセットやエンディング画面に謎の記号が羅列されていた。やがてそれが、船と船あるいは船と陸上のあいだの信号に使われる国際信号旗だと気づいた視聴者も現れ、ネット上で話題を呼んだ。

船が好きなタモリは、1995年には一級小型船舶操縦免許を『いいとも!』出演を休んでまで受験して取得、自分のヨットを静岡県沼津市に保有し、さらに2009年から「タモリカップ」というヨットレースを沼津ほか各地で開催している。2014年のタモリカップは前年に続き福岡と横浜で行なわれた。福岡での大会は台風により1週間延期されたものの、前夜祭にサルサバンドのオルケスタ・デ・ラ・ルスが登場し、自身の郷里でのその熱い演奏にタモリも観客とともに大いに盛り上がって、ついにはステージに上がってコンガ(キューバの民族楽器である細長い太鼓)の腕前を披露したという。

2000年前後から鉄道や坂道など自分の趣味をテレビで前面に押し出すようになったタモリだが、船に関してとりあげることは案外少ないような気がする。『タモリ倶楽部』では海上自衛隊の護衛艦を見に行くという回があったから、あえてとりあげないというよりは、単に予算などの問題なのかもしれない。ただ、タモリがテレビで自ら船を操縦してみせたことはおそらくないはずなので、どこかで仕事ときっちり一線を引いているところはありそうだ。いわば、鉄道や坂道などが彼にとって“公的”な趣味とするなら、船はあくまで“私的”な趣味に属するのではないか。『ヨルタモリ』の国際信号旗のようにこっそりネタに仕込んでおいて、わかる人だけわかればいいという態度をとっているあたりそれっぽい。

少年時代のタモリは電車の車掌に憧れていたという。それが高校に入ってからは、がぜん船舶無線通信士になりたいと思うようになったとか。これというのも、海が好きであるとともにアマチュア無線やオーディオなど機械いじりが好きなので、その2つを同時に満足させられる職業といえばこれしかないと思ったらしい(『広告批評』1981年6月号)。結局その夢は理数系が苦手だったので断念せざるをえなかったが、船好きだったおかげで、芸能界に入ってからある大物芸能人に接する機会を思いがけず得ることになる。その大物とは、森繁久彌である。

タモリは森繁久彌になりたい?
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この連載がついに書籍化!「森田一義」はいかにして「タモリ」になったのか。関係者への追加取材や大幅加筆でその足跡をさらに浮き彫りにします!

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タモリの地図—森田一義と歩く戦後史

近藤正高

2014年3月31日、『笑っていいとも!』が32年間の歴史に幕を下ろしました。約32年間、毎日テレビに出続け今や国民的タレントになったタモリ。そんな「昼の顔」だけでなく、アングラ芸で身を起こし、深夜番組『タモリ倶楽部』で披露する「夜の...もっと読む

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コメント

kamawanujp 著者。この人何歳なんだろう。 > 5年以上前 replyretweetfavorite