あの冒険家には、ツンデレのパトロンがいた?
天久聖一(以下、天久) さて、ここまで僕とANIさんが『書き出し小説』から選んだ5作品を見てきたので、今度は林くん。
左からANI、天久聖一、林雄司
林雄司(以下、林) じゃあ、まずはこの3本から。
[選]林雄司 その1
ゆで卵をテーブルに立てて見せた男の金色のまつげがチラつき、その夜イザベラはなかなか寝付けなかった。新大陸なんてぜったいあるはずないんだから・・・。
(ぱぱす)
天久 「ゆで卵~」は高度ですよね。
林 コロンブスの話を他者視点で書いてる。イザベラという人も創作かと思ったら、実在する人物なんですよね。
ANI へええ。
天久 コロンブスの活動を支援してた女王らしいんですけど、彼女目線で、ラノベタッチで書いてるっていうのがすごくよくできてるなと。
林 コロンブスはテーブルに卵立てて、ドヤ顔ですよね。
天久 イザベラはその晩ベッドに入って「もう、あんなやつ!……でも、好き」っていうツンデレキャラ。これだけでわかりますからね。
林 歴史のワンシーンを情感を持って描くのって、いいですよね。次の「進化するほど~」も広い意味で歴史かなと思うんですけど。
[選]林雄司 その2
進化するほど生物はつまんなくなる。
(xissa)
ANI 名言っぽいですよね。
林 ですよね。原始的なやつほどみんなネバネバしてておもしろそうですもんね。足がいっぱいあったり。
天久 このつまんないやつの最上級が、さっきANIさんが選んだ預金だけある無職。
林 ああ、たしかにそれはひどくつまんないですね。
天久 3つ目の「永久に共に~」もなんか壮大で、こう、抱き合ったまま死んでミイラになってるのが思い浮かぶ。
[選]林雄司 その3
永久に共にという約束は1人の考古学者の手で消えた。彼女は今博物館に、僕はまだ冷たい地中にいる。
(あらぶるおにぎり)
林 でも彼女だけ発掘されて、博物館に納められちゃったんですよね。
天久 ポンペイみたいな、一夜にして滅びた都市の人かもしれないし、あるいはもっと昔のネアンデルタール人か。いずれにせよ、それが男の骨目線っていう。
林 そう。主人公はとっくに死んで埋もれてるわけですからね。すごいなやっぱり。
天久 今後この埋められた男には何があるんですかね?
林 もう男の上にはビルとか建っちゃってるのかもしれない。そこをどうにか発掘されて、復元されて、彼女の隣に立つのかどうか。で、残り2本はどちらも規定部門ですね。
[選]林雄司 その4
突然の大雨で、海岸近くにずらりと干されたタコが立体感を帯びてきた。
(おかめちゃん)
天久 「タコ」は、じわ~っときますね。
林 戻っちゃったんですね、せっかく干してたのに。
天久 夏のスコールみたいな感じで、爽やかな青春小説なんだけど、ふと膨張してるタコのシーンが挿入されて。
林 NHK Eテレの教育番組にありそうな、微速度撮影みたいな映像で、タコがむくむく膨らんでいくといいですね。
天久 それが少年の心情を代弁してるとかね。映画的な感じすらします。
林 最後は、「母」ですね。これは、すごく悲しい、そして大事なシーンだと思うんですけど、この明るさがいいですよね。タイトルが「母」つながりってだけですけど、長嶋有さんの小説『猛スピードで母は』に通じるような。
[選]林雄司 その5
母は新しい母とハイタッチを交わして、去って行った。
(義ん母)
天久 『猛スピードで母は』も、小説のタイトルだけど、書き出し小説をもっと切り詰めたような感じがするよね。
林 投稿してくれてますけどね、長嶋さん。
ANI へええ!
天久 そう、この本の中にも1本入ってる。
林 「凡コバ夫」というペンネームで。
天久 そう、ペンネームで送ってくださってるから、長嶋さんだってわかんないじゃないですか。で、僕は知らずにたまたま選んでて、あとでご本人から「選んでもらったんです」っていわれたんです。もう、選んでよかったわー!
林&ANI ははは!
天久 そのあとイベントにも顔を出してくださったり、推薦文をいただいたりね。と、そんな感じで、僕らが本から選んだ作品は以上です。では、いよいよ「2015年書き出し本屋大賞」の選考に移りたいと思います。
スタッフ 「2015書き出し本屋大賞」ノミネート作品は、新潮社のサイトで【本屋】をテーマに募集し、1カ月の応募期間で984通の応募があった中から厳選した30作品です。会場のみなさんの投票の前に、登壇者の方々から気になった作品についてコメントをいただきたいと思います。
天久 「書き出し本屋大賞」って、この発刊イベントが決まってからつけた名前なんですけど、さっき楽屋で「ブックオフ大賞」があったら何が選ばれるかなって話してたんだよね。
林 どこのブックオフにも置いてある本ですよね。
ANI 普段本読まない人も買っちゃった本ですよね。これからだと百田尚樹の『永遠の0』とか?
天久 有力候補ですよね。
林 やたら棚の幅とってるやつですよね、『猿岩石日記』みたいな。
天久 松本人志の『遺書』とかね。さておき、では、候補作30本の中から、僕らが気に入った作品を3本ずつ読み上げていきたいと思います。じゃあ、また僕から。
帯にも、背表紙にも、物語は潜んでいる
[選]天久聖一 書き出し本屋大賞ノミネート
横に立った彼女に慌てて、戻した本がとなりの帯を小さく裂いた。
(大伴)
天久 このビジュアルのディテールと、デリケートな表現が好きなのと、広い意味でいったら「あるある」なんですけど、それを叙情的にうまく書いてますよね。最後の「裂いた」っていう三文字も雰囲気出てる。あと、慌てて戻した本も気になりますよね。
林 それこそ『永遠の0』だったかも。
天久 『死ぬかと思った』とかね。
林 ああ、それは彼女に見られたらダメだ。
天久 『死ぬかと思った』は、林くんが編集してるベストセラー。
林 アマゾンで1円で買える本botみたいなのをツイッターで見かけてフォローしてるんですけど、よくそれで紹介されますよ。
[選]天久聖一 書き出し本屋大賞ノミネート
ここにも自分がいた。
(TOKUNAGA)
天久 これ、究極にミニマムにまとめてくれてるんですけど、なんていうのかな、語り手の自意識がすごく強いのがわかりますよね。
たとえば太宰治の小説とかを立ち読みして、「こいつ俺と同じこと考えてる!」なんて思ったり、そういう文学青年的な男の子を僕はイメージしました。TOKUNAGAくんの作風って、どこまで削れるかっていうところで勝負してる感じがして、この作品も、そうすることで幅の広い書き出しになってるなと。ひどく矮小にも考えられるし、逆に深くも捉えられるし。
[選]天久聖一 書き出し本屋大賞ノミネート
「27巻は27階にございます」店員が指さしたのは階段だった。
(義ん母)
天久 これはダンジョン感があるというか、ロールプレイングゲームみたいだなと思って。
林 僕もこれいいなと思ったんですよ。宮沢賢治みたいな世界観ですよね。
天久 ある意味そうかもね。電信柱が行進したりするような世界観。建物も縦に長いのかな。
ANI 1階には1巻しか置いてないってことですよね。ピラミッド型になってるのかも。
天久 そうか、1巻は発行部数も多いですからね。なんの27巻なんだろうね。
林 27巻まで出てる本って、マンガですかね。
ANI でしょうね。これ意外と便利かも。2巻だけ欲しかったら2階に行けばいいんでしょ?
天久 でも「こち亀」の最新刊とかだったら大変だよ。超高層ビルになっちゃう。とりあえず僕が3本選ぶとしたらこんな感じですかね。じゃあ次は林くん行こうか。
林 はい。
[選]林雄司 書き出し本屋大賞ノミネート
いきなり背表紙に叱られた。
(義ん母)
林 これはきっと新書だろうな。 「○○するためには××をやめなさい」とか。
天久 自己啓発系のね、いきなり説教垂れてくる本ありますよね。
林 新書を作ってる編集者の人に聞いたら、「3日で○○できる」とか「1時間で○○できる」みたいなタイトルは、どんどん時間が短縮されて、ついに「0.2秒で○○できる」まで行ったそうですよ。
天久 与沢翼的な。秒速だ。
林 インフレ起こしてるんで。
ANI タイトルだけでもう満足っていう本もあるよね。出オチみたいな。
天久 あと、ダイヤモンド社の車内広告も、「これまでの人生で一番感動した本。−−72歳 自営業」みたいな、いったいどんな本読んできたんだと思いますよね。
ANI 電車乗ってると目につきますよね。ドアのとこに貼ってあるやつとか。いきなり「売れてます!」っていわれると、俺も買わなきゃいけないのかなって思っちゃうよね。
林 あるある。
ANI 弱みにつけ込んでくる感じ。
天久 満員電車で疲れ切って身動きとれなくなって、ずっと目の前にそんなのあったら、催眠にかかりそうですもんね。
林 じゃあ、もうひとつ。これ可愛いんですよ。
[選]林雄司 書き出し本屋大賞ノミネート
働き始めてから、売れ残った本は貰えないと知った
(彩月)
林 パン屋じゃないんだから。
ANI コンビニ感覚ですね。
林 でも、こういう本屋あったら働きたいですよね。
天久 飯屋で働くと食いっぱぐれない的な。
林 読みっぱぐれない。
ANI 週刊誌とかもらえそうな気がしますけど、売れなかった本は返すんだよね?。
天久 そうですね。サイン本とかは返却できないから、「いっぱいサイン書け」っていわれるんですよね。
林 僕が選んだもう1本は「27巻は27階に~」なんですけど、天久さんと被ったので、ちょっとね、どういうシチュエーションなのか気になるのがあって。
[選]林雄司 書き出し本屋大賞ノミネート
平積みになっている本を何冊かめくってみたが、全て同じ本だった。
(へリウム)
天久 これはたぶん、当たり前のことを書いてると思うんだけど。
林 僕もそう思うんですけど、あるいはなんか、「どれも似たような本だ」っていうニュアンスなのかなと。
天久 皮肉が入ってると。
林 でも、入ってないほうが清々しいですよね。ただのバカな人。
天久 見たまんま。
林 「表紙が同じだけど、中身も一緒か!」って、そういうのだといいですね。純粋な気がします。
次回、「『永遠の0』と書き出し小説の宿命は似ている?」は、4/1更新予定
執筆:須藤輝 撮影:喜多村みか
書き出し小説
天久聖一
1212 【通常盤】
スチャダラパー
死ぬかと思った(1) (アスペクト文庫)
林 雄司
スチャダラパー25周年記念『華麗なるワンツー』
大阪公演公演:2015年4月5日(日)会場:ユニバース(06-6641-8733)
開場時間:17:15/開演時間:18:00料金:前売¥5,000(オールスタンディング)※ドリンク代別
東京公演公演:2015年4月11日(土)会場:日比谷野外大音楽堂※雨天決行・荒天中止
開場時間:15:45 /開演時間:16:30料金:前売¥6,000(全席指定)
神楽坂のキュレーションストアla kagu(ラカグ)では、定期的にイベントを開催しています。
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