書き出し小説とは「共犯文学」である
天久聖一(以下、天久) 本日はお寒いなかお集まりいただき、どうもありがとうございます。こんなおしゃれな場所でイベントできて嬉しいです。
ANI どーも、こんばんは。よろしくお願いします。
林雄司(以下、林) 今日はありがとうございます。よろしくお願いします。
天久 ええと、今日は『書き出し小説』の刊行を記念して、「2015書き出し本屋大賞」の発表をしたいと思います。書き出し小説というのは、オリジナルの書き出しだけのミニマムな小説を募集して、こちらの林くんのやってる「デイリーポータルZ」で。
林 2年くらい連載してますね。
天久 毎回500通くらい応募がくるんだよね。
林 ぜんぜん応募数は衰えないですね。
天久 本が出てまた増えたんだよね。
ANI ああ、「これだったらオレでもできる」的な。
天久 そうそう、ハードル低いんで。常連さんのなかには、1度に30~40本くらい送ってくれる方もいて、迫力に圧倒されますけど。ANIさん、一通り読んでみていかがでした?
ANI いやもう、おもしろかったっすよ。
天久 それだけ?
左からANI、天久聖一、林雄司
ANI いやほんとに。なんすかね、さすが天久さん、おもしろいこと考えるなーって。
天久 いや、作品は僕が考えたわけじゃないですよ。
ANI でも、「書き出しだけでいいじゃん」って考えたのは天久さんでしょ?
林 天久さんはほんと、みんながやりたがる投稿のフォーマットを考えるのが得意ですよね。
天久 やっぱり、小説書きたい気持ちって、みんなどこかにあるでしょ? そういう欲も満たしつつ小説のイントロ集みたいな。
あと、本にもちょっと書いたけど、書き出し小説って、読み手が余白を補完しないと成立しない。だから書き手と読み手の共同作業というか、僕は「共犯文学」って呼んでるんだけど。
ANI なるほどね。
天久 で、今回はANIさんと林くんと僕で、『書き出し小説』の中からそれぞれ好きな作品を5本ずつ選んできたので、「書き出し本屋大賞」発表の前に、そちらを見てもらいましょう。まずは僕が選んだ5本から、3本をどうぞ。
[選]天久聖一 その1
「いいね、これリビングに置きたい」彼が座ると、ソファーの脚が折れて売り場の外へ転がっていった。
(ひっぽう)
天久 右端から見ていくと、この「ソファー」のやつは、la kaguさんでイベントやるならちょうどいいかなって。
林 おしゃれ家具屋さんですからね。
天久 ビジュアルが浮かんでくるし、カッコつけた男の子がひどい目にあったっていうのを語り手の女性が冷静に見てるところが、文章的にもセンスあるしおもしろいなって。
次の「映写機を回す仕事」は、『ニュー・シネマ・パラダイス』っぽいよね。
[選]天久聖一 その2
女子生徒だけが集められた体育館で、長年映写機を回す仕事をしている。
(TOKUNAGA)
ANI&林 ああ!
天久 ぱっと見はいい話っぽいんだけど、ディテールに注目すると「あれ?」っていう。「女子生徒だけが集められた体育館」て。
林 夢がありますよね。
天久 この、まさかと思う「仕事」に注目するところがすごい。
林 奇妙な「仕事」についているというのは、書き出し小説によくあるパターンのひとつですね。そんなの仕事になるのか……という。
天久 そうそう。この映写機を回してる人は、たぶん体育館を覗きにきた男子生徒と、それこそ『ニュー・シネマ・パラダイス』的な交流があったり。そんなふうにどんどん話が広がっていく。
ANI 仲良くなって、少年が最後に見せてもらうって感じですね。性教育ビデオ的なやつを。
天久 おしべとめしべ的なやつをね。で、その次の「ニスを塗った祖母」なんですけど。
[選]天久聖一 その3
ニスを塗った祖母は新車と見紛うばかりの光沢を帯びている。
(TOKUNAGA)
ANI これもいいっすね。
天久 シュールで、インパクトあるよね。夜に外車のディーラーの前を通ると、照明で車体がキラッキラに輝いてるじゃないですか。あそこにニス塗ったおばあさんを当てはめたときのビジュアルが強烈だなと。
林 たしかに。
天久 いま挙げたふたつはTOKUNAGAくんていう、うちのエースで、「ミスター書き出し小説」みたいな作家の作品ですね。
ANI そうだよね。この本にも名前いっぱい載ってた。
天久 初期から書き出し小説を引っ張ってくれてる常連さんのひとりですね。じゃあ、残り2本を。
キャスティングを考えるだけで小一時間持つ
[選]天久聖一 その4
女の私が見ても溜息が出るほど、先輩はエロティックに王を扇ぐ。
(suzukishika)
ANI ふふふ。
天久 「王を扇ぐ」っていうのは、王様の後ろで、大きい葉っぱで扇ぐ係の人。これも「仕事」系だよね。
林 そうですね。あの大きい葉っぱ、カレーとか乗せるやつですよね。
天久 そんな書き割りみたいな脇役の世界にも、先輩後輩の上下関係があって、ドラマもあるっていうのが素晴らしい。あと、個人的に語り手の主人公の女の子役と、先輩役のキャスティングを考えるのが楽しくて。それもまた書き出し小説の味わい方のひとつ。
ANI ドラマ化されるかもしれないしね。ちなみに誰を起用します?
天久 ゴールデンタイムでやるなら、主人公は広瀬すずさん。いまドラマの『学校のカイダン』とかに出てる、旬の美少女がいるんですよ。先輩は、石原さとみさんがいいかな。でも、役柄的には『志村けんのバカ殿様』の腰元ポジションですからね。深夜ドラマだったら、先輩は壇蜜さんとか……なんて考えてるだけで小一時間持ちますからね。
林 王のイメージは誰ですか?
天久 ピエール瀧さんでいいんじゃないですか。
林 ははは!
ANI そうね。ピエール瀧改め、王。
天久 では、最後に選んだのが、このちょっと下ネタっぽいやつ。
[選]天久聖一 その5
タクシー運転手と話し始めるとき、ぼくは童貞だった頃を思い出す。
(金田一)
ANI ふふふふふ。
天久 なんか説明しづらいんですけど、主人公は、タクシー運転手の背中越しに会話してるわけじゃないですか。その位置関係が、初めて性風俗にいったとき、自分の背後でお姉さんがローションかき回しながら「外降ってた?」みたいな。
ANI ああ、はいはい。
天久 位置的には逆なんだけど、タクシー乗ったときにその感覚がオーバーラップして、下ネタなのに、なんだか叙情的で……。自分でも何いってんのかわかんないですけど、僕が選んだのは以上の5作品です。じゃあ続いて、ANIさん行く?
ANI ああ、はい。まずこの3本から。
[選]ANI その1
メールではじまった恋は最高裁で幕をとじた。
(Yves Saint Lauにゃん)
ANI 「メール」から「最高裁」っていう、振れ幅がいいですね。
天久 これ名作で、初めて書き出し小説のイベントをやったときに大賞を受賞したんですよ。
ANI そうなんだ。
天久 最高裁まで行くあいだに何があったのか。
ANI ラブストーリーかと思いきや、実は法廷モノだったみたいな。
天久 『白い巨塔』の第二部みたいに。あるいはストーカー犯罪的なことなのか。
林 最高裁ですもんね。国を巻き込むレベルかも。
ANI っていうか、メールではじまるんですか恋は?
天久 昔そういうドラマありましたね。いまならSNSでしょうけど。
ANI そうかあ。次の「義父」は、やっぱ僕も結婚してるんで、お義父さんとなかなか趣味が……。天久さんどうですか?
[選]ANI その2
義父とは初めから趣味が合った。
(ウユニ塩子)
天久 うちのお義父さんは鹿児島の方なので、趣味がどうこうよりもまず何いってるのかまったくわからなかったんですよ。鹿児島弁て一番聞き取りづらい方言らしくて、そこからスタートしたから、趣味は、うーん。いわゆる戦中派というか、すごい高齢だったんで、昔の写真見せてもらったら馬に乗ってるんです。これ趣味かな?
林 ははは!
ANI 林さんは?
天久 林くんの奥さんのお父さんは、超有名人だから。
ANI ええっ、どなた?
天久 劇作家の、別役実さん。
ANI マジっすか!?
林 お酒を一切飲まない人なんですけど、僕は飲むんで結婚した当初は別役実がビール注いでくれて。
ANI すごい。
林 いくら飲んでもぜんぜん酔えないですよ。もう、あの不条理が……。
天久 別役さんは不条理演劇の第一人者ですからね。
林 いまは逆に気づかってくれてそんなこともないんですが、毎年お正月はやっぱり緊張します。
ANI うちのお義父さんはコテコテの大阪人なんですよ。だから僕が挨拶に行ったときに、「松本くん(ANIの本名)はあれか、やっぱり巨人ファンか?」っていわれて。
天久&林 ははは!
ANI 東京の人=巨人ファンって認識なんですよね。だから「いや、そんなことないです」って。僕も次に会うときは阪神のことをちょっと調べて「今年は残念でしたね」みたいな。でもお義父さんは「寅さん」が好きだから、その話でなんとか。
天久 すぐに友達みたいに仲良くはなれないよね。ぜんぜん知らない、しかもずっと年上の男の人だし。
ANI ですよね。今年の正月も大阪で一緒に初詣行ったんですけど、その晩に僕インフルエンザになって、ずっと寝込んで、「何しにきたんだ?」っていわれて東京に戻ってきたんです。
天久&林 あははは!
ANI まあ、寝てればいいから楽だったけどね。次行きましょうか。僕、忍者好きなんですよ。
[選]ANI その3
好きになった人がたまたま忍者だっただけ。そう言うと知子は折り紙で手裏剣を作り始めた。
(トミ子)
天久 書き出し小説には特にルールのない自由部門と、何かしらお題を与える規定部門ていうのがあって、これはお題が【忍者】だった回の作品ですね。
ANI そう、いろいろあるなかで、これが一番グッときたんで。この女の子はくノ一ではないですよね?
天久 ですよね。忍者学校が舞台というわけじゃなくて、一般人が忍者に恋してしまった。
ANI このあとどんなドラマが待っているのか……。じゃあ、あと2本。
[選]ANI その4
夢もない。希望もない。家族もない。仕事もない。ただ一生かけても使い切れないほどの預金が銀行口座にあるだけだった。
(M)
ANI 「使い切れないほどの預金」って、これこそ夢でしょ。
天久 これは【無職】がテーマの回で、自虐的なやつが多いんですけど。
林 これはいいですね。
ANI でも、いざ大金を手にしても何もできないのかもね。僕はお金がないから夢みたいに思うけど。っていうか、知り合いにこんなやついますよ。
林 ああ、僕も思い当たるフシが。
ANI いますよね。結局なんもしてないっていう。
[選]ANI その5
「トマホーク、早くお風呂入りなさい!」「トマホーク、初任給は自分の為に使って良いのよ」「トマホーク、お嫁さんをしっかり守ってね」母は亡くなるまで結局一度も洋介とは呼んでくれなかった。
(ミヤガワ)
天久 で、最後は「トマホーク」。
ANI 僕も本名が洋介なので選んでみました。もし自分がもしこんな目にあったら、どうしよう……。
天久&林 ははは!
天久 何きっかけでトマホークになったんですかね。
林 髪型が似てたとか?
天久 書き出しだけなんで、想像の余地が無限にあるから、ただのお笑いネタに収まらない。背景が見えて、いろんな情報が付加されて、キャラクターが動きだしそうですよね。
次回、「『こち亀』の最新刊は、何階にありますか?」は、3/25更新予定
執筆:須藤輝 撮影:喜多村みか
書き出し小説 天久聖一
1212 【通常盤】スチャダラパー
死ぬかと思った(1) (アスペクト文庫) 林 雄司
スチャダラパー25周年記念『華麗なるワンツー』
大阪公演公演:2015年4月5日(日)会場:ユニバース(06-6641-8733)
開場時間:17:15/開演時間:18:00料金:前売¥5,000(オールスタンディング)※ドリンク代別
東京公演公演:2015年4月11日(土)会場:日比谷野外大音楽堂※雨天決行・荒天中止
開場時間:15:45 /開演時間:16:30料金:前売¥6,000(全席指定)
神楽坂のキュレーションストアla kagu(ラカグ)では、定期的にイベントを開催しています。
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