虐殺器官』までの伊藤計劃 第3回『戦争広告代理店』

伊藤計劃氏が亡くなってから、今年で6年。命日の3月20日には、伊藤氏のフィクション以外のエッセイ、インタビューなどを集成した『伊藤計劃記録(Ⅰ・Ⅱ)』がハヤカワ文庫JAより刊行されます。そこに収録された伊藤さんの個人ブログ「伊藤計劃:第弐位相」では、明らかにデビュー作『虐殺器官』につながる多くの映画・書籍がレビューされています。そのうちの5つのレビューを、5日連続で抜粋掲載します。


いとう・けいかく◎SF作家。1974 - 2009

10-25, 2005 流通する言葉

■戦争広告代理店~わるもののつくりかた

 文庫落ちしたいまごろ読みました。遅すぎ。

 実は、この題名自体、ある種の自己言及になっていることは、だれも書いてないみたい。本当にセルビア側は虐殺をやらかしたの? そもそも「被害者」ボスニア・ヘルツェゴビナ側はセルビアと同じようなことはしていなかったと言い切れるの(ハーグではとっくに結論されてますが、まあこの本の内容では)? そんな白黒曖昧な状況の中、人々が無意味に死にゆく混沌とした戦場を(フィクションとして、そしてそれを真実として)物語化してゆく作業を行う、ストーリーテラーのお話(いや、ドキュメンタリーではありますけど)。

 どこらへんが自己言及的かというと(作者も気がついていないかも知れないけれど)、この中の一章に「民族浄化」という章がある。現地でWWⅡのときに使われた言葉の英語訳「エスニック・クレンジング」。このことばが選ばれた経緯というのも非常に面白い(「ホロコースト」はユダヤ人にとって特別な言葉で、それを使ったら大きなロビー/影響団体であるユダヤ人コミュニティの無意味な反発を喰らうから)んだけど、しかしやはり、この言葉の醸し出すものは物凄い影響力を発揮した。「民族」を「浄化」する。この響き。ぼくはほとんど、これを求めてSFを読んでいると言ってもいい。異質な世界で使用される、ぞっとする迫力を持った言葉。黒丸ファンだったのも、そして彼が訳していってくれた(ありがとう)ウォマックが好きなのも、『1984』が好きなのも、そういう理由による。通俗的なところで言えば「光学迷彩」や「義体」という言葉。ぼくはあれはすごい発明だと思う。お陳腐な「透明スーツ」を「いや、これは光学的な迷彩なんです」と士郎正宗が言い、それを簡潔に短い漢字の連なりで表現したとき、このアイテムは新しいカッコよさを得たのだし、「義体」にしたって、サイボーグ、とかすっかり定着した言葉を避けた結果、「いや、義手や義足と同じく、体全体が『義』なんだ」というアクロバットみたいな思考の結果生まれ、それは確かにすごいインパクトを持っていた(いまやすっかり定着してオタク界隈では普遍化してしまったけれど)。

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虐殺器官』までの伊藤計劃

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伊藤計劃氏が亡くなってから、今年で6年。命日の3月20日には、伊藤氏のフィクション以外のエッセイ、インタビューなどを集成した『伊藤計劃記録(Ⅰ・Ⅱ)』がハヤカワ文庫JAより刊行されます。そこに収録された伊藤さんの個人ブログ「伊藤計劃:...もっと読む

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コメント

8600000kittykat https://t.co/YV5dQEJRCo 伊藤計劃さんのインタビュー見つけた 5年以上前 replyretweetfavorite

yabooarat 計劃氏のレビューまったく古びない。→PR戦争において、「言葉」を流通させ、同時に積極的にその意味を剥奪すること(繰り返し流通させること)で、その言葉の持つ最大効果を狙ったのだ。 5年以上前 replyretweetfavorite

kujaku9 / 意味があるように見えて意味がない言葉。「1984年」的。 5年以上前 replyretweetfavorite

prisonerofroad #伊藤計劃 #book 5年以上前 replyretweetfavorite