第9回】コンピュータ将棋と投了

プロ棋士と互角以上の戦いを繰り広げるまでに進化した将棋ソフト。不可能を可能にしてきた開発者たちの発想と苦悩、そして迎え撃つプロ棋士の矜持と戦略。天才たちの素顔と、互いのプライドを賭けた戦いの軌跡。今日までのコンピュータ将棋に関する最前線を追った『ドキュメント コンピュータ将棋』が3月25日発売予定です。本連載では、本書から特に電王戦FINAL出場者たちの素顔や想いの部分を抜粋して紹介していきます。

コンピュータ将棋の最前線を戦う天才たちに迫った一冊、3月25日発売!


ドキュメント コンピュータ将棋 天才たちが紡ぐドラマ

 1997年、当時のチェス世界チャンピオンのガルリ・カスパロフとDeep Blueの六番勝負では、第3局はカスパロフの投了によって、Deep Blueの勝ちになった。実はその局面は、カスパロフが投了せずに最善を尽くしていれば、ドローに持ち込まれることが、ほどなくわかった。チェスの世界においては、たとえ史上最も偉大なチャンピオンであっても、報道する側からは、容赦のない、手厳しい言葉が浴びせられる。

<カスパロフはグランドマスターのタルタコワ(1887―1956)の有名な言葉を忘れていたのだろう。「投了してゲームを勝った者はいない」を。>(ブルース・パンドルフィーニ著、鈴木知道訳『ディープブルー vs.カスパロフ』河出書房新社)

 偉大なチャンピオンであっても、負けではない局面で投了してしまうことがある。いかにも人間らしい、という一例だろう。

 コンピュータ将棋の特色の一つは、決して最後まで投げないことである。もちろん、一定の評価値を超えれば投了するように設定すれば、最後まで指すことはない。しかしそうした設定がない場合には、たとえ望みがなかろうとも、最後まで指しつづけることになる。駒を取られつづけて、最後は人間の美意識からすれば見るに耐えない、無惨な終了図になることも多い。

 電王戦では、開発者に投了の権限が与えられている。豊島―YSS戦では、開発者の山下が投了した。山下はアマチュア四段の棋力があり、もう望みがない局面であることがわかったからだ。では、それほど将棋が強くなくて、形勢の判断に自信がない開発者だったらどうか。また、棋力が高くても、最後まで指しつづけるのをよしとする開発者だったらどうか、という問題にもなる。

「パソコン棋士に投了という美学はない。将来、パソコン棋士がアマ高段者並みの力をつけたとき、この点は、人間にとって案外やっかいな問題点になるかもしれない。プロならいざ知らず、投了の局面から勝ち切るのは実はそう容易ではないからだ」
 とは30年近く前の記述である(『週刊読売』1987年1月25日「パソコン棋士十段戦」)。アマ高段者どころか、棋士をしのぐかという実力を身につけた現在では、いつ投げるのか、というのは棋士と同様、コンピュータ将棋における大きなテーマの一つである。

 逆に、コンピュータに対して、人間がなかなか投げない、というケースも現れた。第2回電王戦で、Puella αと対局した塚田泰明九段が、人間相手であれば望みがないという局面で、粘りに粘り、最終的には持将棋により引き分けとなった。

 塚田の指し方について、どう思うか。永瀬は次のように答えてくれた。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

角川新書

この連載について

初回を読む
ドキュメント コンピュータ将棋

松本博文

プロ棋士と互角以上の戦いを繰り広げるまでに進化した将棋ソフト。不可能を可能にしてきた開発者たちの発想と苦悩、そして迎え撃つプロ棋士の矜持と戦略。天才たちの素顔と、互いのプライドを賭けた戦いの軌跡。今日までのコンピュータ将棋に関する最前...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

mtmtlife 「命をかけて将棋を指している、というのは、そんなにきれいなものではないと思うんです。(中略)注目してもらっている対局で、ゲーム以上の重さはあると思います。確かに将棋はゲームなんです。でも、そこに命をかけるのが棋士だと思います」(永瀬)https://t.co/kBRv9587mM 4年以上前 replyretweetfavorite

pikaring “負ければ死ぬようなきびしい味がなければならない。しかし負けて死ぬようでは困る。プロの将棋はこの二つの矛盾した命題を背負っているのです。” 4年以上前 replyretweetfavorite

prisonerofroad #将棋 #電王戦 4年以上前 replyretweetfavorite

y_ich 「負ければ死ぬようなきびしい味がなければならない。しかし負けて死ぬようでは困る。プロの将棋はこの二つの矛盾した命題を背負っているのです。」内藤國雄(九段 4年以上前 replyretweetfavorite