傷口から人生。

母を殴る(後編)

ずっとわかりあえないと諦めかけていた母親との関係。25歳になった小野美由紀さんはある日、いつものように自分を罵る母親に、思わず殴りかかってしまいます。お互いから逃避を続けていた娘、母、祖母が初めて向き合ったとき見えたものとは。あなたは家族とどんな関係を結びたいですか?
『傷口から人生。 メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった 』(幻冬舎)の内容の一部をcakesで特別公開しています。

 今、ここで母にぶつからなければ、一生後悔する。

 そう思った瞬間、私は、いつものようにテレビに顔を向けようとした母に掴み掛かり、押し倒して殴っていた。

 人を拳で殴るのなんて、生まれて初めてだった。強烈な躊躇いを押しのけて、私は母を殴った。殴らなければ、自分が死んでしまうと思った。25年間溜めて来たこの怒りを受け止めてもらえなかったら、永遠に、母とはつながれない。もしここで母が私の存在に気づいてくれないようなら、この怒りが、彼女を素通りしていってしまうようなら、もしかしたら、未来に違う誰かを殺してしまうような気がした。

 なんで分かってくれないの。

 私は殴った。母を殴った。初めて、母と私の皮膚が触れた。拳の先と、母の頬。人生で初めて、母に触れた気がした。母の身体に触れることが、怖くてこれまで、できなかった。抱きつくことも、甘えることもできなかった。幼稚園以来に触れた母の皮膚はやわらかくて頼りなげだった。老婆の皮膚だった。瞬間、うろたえた。母はいつのまにか老いていたのだ。私よりもずっと弱い老婆に。これまで抱いていた、恐ろしくて憎い母のイメージが、現実の熱さに触れてどろどろと溶けてゆく。同時に時間と距離とが、混線して、バーチャルな世界を見せる。

 なんで逃げるの。

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傷口から人生。

小野美由紀

中3で自傷&不登校。大学に馴染めず仮面浪人。留学、TOEIC950点、インターン等々の無敵の履歴をひっさげ大企業の面接に臨んだのにパニック障害に! 数々の困難にぶつかってきた女子、小野美由紀さんの衝撃と希望の人生格闘記『傷口から人生。...もっと読む

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コメント

ruhunaT 「病むということは、社会の中で「多くの人が、気にはしているけどなんとなくそのままにしていること」に気づける能力があるということだ。」 3年弱前 replyretweetfavorite

cotovasophy というわけで読んだ 約3年前 replyretweetfavorite

restart20141201 殴れてよかったね。 殴れば分かってもらえる相手でよかったね。 なぜ一緒に暮らしているのか知らないけど。 4年以上前 replyretweetfavorite

terakoyaman 幻冬舎文庫から先月発売された小野美由紀さんの『 4年以上前 replyretweetfavorite