今、ここで母にぶつからなければ、一生後悔する。
そう思った瞬間、私は、いつものようにテレビに顔を向けようとした母に掴み掛かり、押し倒して殴っていた。
人を拳で殴るのなんて、生まれて初めてだった。強烈な躊躇いを押しのけて、私は母を殴った。殴らなければ、自分が死んでしまうと思った。25年間溜めて来たこの怒りを受け止めてもらえなかったら、永遠に、母とはつながれない。もしここで母が私の存在に気づいてくれないようなら、この怒りが、彼女を素通りしていってしまうようなら、もしかしたら、未来に違う誰かを殺してしまうような気がした。
なんで分かってくれないの。
私は殴った。母を殴った。初めて、母と私の皮膚が触れた。拳の先と、母の頬。人生で初めて、母に触れた気がした。母の身体に触れることが、怖くてこれまで、できなかった。抱きつくことも、甘えることもできなかった。幼稚園以来に触れた母の皮膚はやわらかくて頼りなげだった。老婆の皮膚だった。瞬間、うろたえた。母はいつのまにか老いていたのだ。私よりもずっと弱い老婆に。これまで抱いていた、恐ろしくて憎い母のイメージが、現実の熱さに触れてどろどろと溶けてゆく。同時に時間と距離とが、混線して、バーチャルな世界を見せる。