アポロ11号が月面に着陸したのは、1969年7月20日のこと。その模様はNHKで生中継され、アームストロング船長が月面に人類初の一歩を記した瞬間(日本時間で午前11時56分)の視聴率は68パーセントに達したとか。僕は小学校のテレビでその中継を観た世代ですが、当時はとんでもないアポロ・フィーバーが全世界を席巻していた。
アポロ計画をテーマにした深夜のトーク番組にゲストで呼ばれたSF作家に、司会者が「SF作家はこれで商売あがったりですね」と言ったというのもこの頃のエピソード。現実には、この前後から急速にSF熱が盛り上がり、1970年の大阪万博、1973年の『日本沈没』を経て、SFブームが頂点に達することになる。したがって、この発言も、SFファンの間では笑い話として伝えられているわけですが、月SFに限定するなら、まんざら完全な的はずれでもない。
人間が実際に月に降り立ってしまうと、未知の地平としての魅力は半減するし、自由に想像の翼を広げるのもむずかしい。書きたいテーマを月面に投影するような幻想系の月SFは、アポロ以降、ほとんどファンタジー(または寓話)になってしまう。たとえば、最先端の自走式無人月面探索機(と宣伝された乗り物)を動かすために自転車のペダルを踏みつづける男を描くヴィクトル・ペレーヴィンの『宇宙飛行士オモン・ラー』なんかが典型ですね。