第3回】結果を出すしかない

プロ棋士と互角以上の戦いを繰り広げるまでに進化した将棋ソフト。不可能を可能にしてきた開発者たちの発想と苦悩、そして迎え撃つプロ棋士の矜持と戦略。天才たちの素顔と、互いのプライドを賭けた戦いの軌跡。今日までのコンピュータ将棋に関する最前線を追った『ドキュメント コンピュータ将棋』が3月25日発売予定です。本連載では、本書から特に電王戦FINAL出場者たちの素顔や想いの部分を抜粋して紹介していきます。

コンピュータ将棋の最前線を戦う天才たちに迫った一冊、3月25日発売!


ドキュメント コンピュータ将棋 天才たちが紡ぐドラマ

 電王戦FINALの開催が決定した後、斎藤は出場を打診された。最終的には、自分の方から出たいと申し出た。斎藤にとっても、大きな決断だった。師匠の畠山鎮からは、出るからにはしっかりやれ、と言われた。

 出場メンバーの中で最も若い斎藤は、自身が選ばれたメンバーの中では、最も実績が低いと認識している。

「(棋士がコンピュータには)もう勝てないと思っている人が多いのは、よくわかっています。その中で僕が出たのは責任が重い。何を言われてもしょうがないと思っています。開発者の方が、『もっと強い棋士を出してほしかった』と思っていてもおかしくはない。見ている人(ファン)からそう思われるのもしょうがない。でも、そういう意味では、僕は結果を出すしかなくなった。指す将棋を見てもらうしかない、と思っています」

 電王戦出場が決まってから、斎藤は将棋に費やす時間の8割ほどを、電王戦の対策に当てている。過去の電王戦の対局を見ればやはり、事前の研究の重要性を感じる。

 今回の対戦ソフトであるAperyと指してみると、自分の形勢評価とは、そうは離れていないと感じた。どちらかといえば、Aperyは攻めの棋風と見る7~8割は、斎藤が受けに回って、受けの力を試される展開になるという。相手が無理攻めをしてきて、それをとがめる展開になれば理想だが、絶対に無理だろうという仕掛けはしてこない。自然に主導権を取られている、ということもしばしばある。大差で受けきる、という展開はほぼない。そもそも、受けに回る展開でいいのかは、わからない。自分から動ける可能性も試している。1月下旬、対局開始まであと50日ほど、という時点では、斎藤はまだ試行錯誤の段階だという。

 斎藤は基本的に、居飛車を採用することが多い。
「先手番をもらったのは、正直うれしかったです。作戦を立てやすいです」
 普段の公式戦では、序盤でしっかり指すことができれば、その後はうまく乗り切っている、という自信はある。

 コンピュータ相手とはいえ、奇をてらった戦法は考えていない。Aperyと指してみて、次第に戦法はしぼれてきた。Aperyが振り飛車を指してくる可能性が高いことはわかった。そこで互いに穴熊に組み合う、相穴熊は有力だ。他には定跡形をはずれた横歩取りか、ちょっと変わった相居飛車か。

 チェスクロック使用の5時間という時間は、ちょうどよいぐらいの設定だと思っている。公式戦の、1分単位加算(59秒以下切り捨て)の4時間に近いという意識だ。できれば序盤でそれほど時間を使わずに、中終盤に残しておきたいと思っている。

 斎藤にとっては、棋士になってからこれほど注目される対局はない。普段の公式戦とは意味合いが違うことは、もちろん認識している。結果は自分にだけのものではなく、各所に大きく影響する。それが重く感じることもある。しかし対局の当日には、何も考えないようにしたいと思っている。

 斎藤は電王戦出場が決まる以前から、市販のソフトでは最も強い激指とはよく指していた。現在では、自分が負けた棋譜を途中からAWAKEやponanzaに指し継がせてみることもある。自分よりもうまく指している、と思うこともしばしばだ。そうした中で、それらのソフトの特徴もわかってきた。

 斎藤にはインタビューの最後に、対戦相手となるApery開発者の平岡拓也の印象を聞いてみた。

「明るい方だと思います。勝負前にギスギスするのは僕も得意ではないので、そういう意味では助かりました。気持ちよく対戦できそうです」

 居飛車と振り飛車

 将棋の戦法は飛車の位置により、居飛車と振り飛車の二つに分類される。居飛車は飛車を動かさずに、元の位置で指し進める。対して振り飛車は、飛車を元いた右側から左側のいずれかの筋に移動させる。その後で、飛がいた位置に玉を移動させ、「美濃囲い」と呼ばれるシンプルながら堅い囲いに組む。将棋を覚えてまず習う戦法といえば、振り飛車の一種で最もバランスが取れていると言われる、四間飛車が多い。女性の大会をのぞいてみると、この四間飛車の人気は圧倒的と言ってもよい。

 振り飛車といえば、かつては升田幸三や大山康晴の両名人、現在では藤井猛九段が名手として知られる。電王戦出場棋士では、菅井竜也五段が若手の代表格である。

 居飛車の代表的な戦法のひとつである矢倉は、「将棋の純文学」とも言われる。その喩えにそって言うならば、振り飛車は大衆文学であろう。

 さて、アマチュアには特に人気の振り飛車だが、実際にはどれほど勝ちやすい戦形なのか。コンピュータ将棋の自動対戦により、数多くデータが得られることによって、明らかになってきたことがある。

 それは、

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

角川新書

この連載について

初回を読む
ドキュメント コンピュータ将棋

松本博文

プロ棋士と互角以上の戦いを繰り広げるまでに進化した将棋ソフト。不可能を可能にしてきた開発者たちの発想と苦悩、そして迎え撃つプロ棋士の矜持と戦略。天才たちの素顔と、互いのプライドを賭けた戦いの軌跡。今日までのコンピュータ将棋に関する最前...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

nishinojunji おお、人間が「結果を出した」電王戦。 すばしい。 https://t.co/MUeQyUowNL 事前の記事を読むと背水の陣なのがわかる。研究の80%を対コンピュータに使うとは。 4年以上前 replyretweetfavorite