第1回】羽生名人が予言した2015年

プロ棋士と互角以上の戦いを繰り広げるまでに進化した将棋ソフト。不可能を可能にしてきた開発者たちの発想と苦悩、そして迎え撃つプロ棋士の矜持と戦略。天才たちの素顔と、互いのプライドを賭けた戦いの軌跡。今日までのコンピュータ将棋に関する最前線を追った『ドキュメント コンピュータ将棋』が3月25日発売予定です。本連載では、本書から特に電王戦FINAL出場者たちの素顔や想いの部分を抜粋して紹介していきます。

「私に聞かないでください、っていつも言っているんですけど。私に聞かれても困るんで。違う人に聞いてくれと」

 電王戦のPV(プロモーションビデオ)に登場した羽生善治は苦笑しながら、そう答えていた。いつでもどんな質問に対しても、スマートで的確な回答をする羽生が、こうした戸惑いを見せるのは珍しいことだった。

 将棋界最高峰の名人位に就き、複数のタイトルを併せ持つ羽生が繰り返し尋ねられる質問。それは、

「羽生名人はいつコンピュータ将棋ソフトと対戦するのか」という一点である。

 2015年は、将棋界の予言の中で示された年である。その予言とは、

「コンピュータがプロ棋士を負かす日は? 来るとしたらいつ?」

 という問いに対する回答である。予言者の名前は、羽生善治七冠(当時)。1996年、

「棋士がコンピュータに負かされる日が来るなど、とても考えられない」
 多くの棋士がそう思い、そう口にしていた時代に、羽生の予想は際立っていた。

 そして、2015年がやってきた。
 ここ数年、コンピュータ将棋ソフトと人間のプロ棋士が対戦する将棋電王戦が行われ、社会的な注目を集めている。結果は棋士側が大きく負け越し。これが2015年を迎えた時点における現実である。羽生の予言は既に実現したとも言える。
 一方でチェスのように、世界チャンピオンがコンピュータに敗れた日をもって「人類の敗北」と見なすのであれば、将棋ではいまだに、名人はコンピュータに敗れていない。さらに正確に言えば、名人はコンピュータといまだに対戦もしていない。
 現代の一流棋士たちが電王戦に出場し、結果を残せていない。そうなれば当然、人間側のトップ、すなわち名人の登場を願う声は出てくる。

 しかしながら、羽生は将棋界四百年の頂点に立つ、特別の存在である。コンピュータソフトと指すかどうかは、羽生の一存だけで決められるわけではない。そうした状況の中で迎えるのが、2015年春の、電王戦FINALである。
 そもそも、棋士側が手段を尽くせば、最後に残された名人を出さずとも、まだコンピュータに勝つ余地は残されているのではないか。将棋はいつの時代も、旧来の常識にとらわれない若者が強さを発揮するゲームである。将棋連盟は、次代を担う精鋭若手棋士5人を立て、背水の陣を敷いて、電王戦FINALに臨む。

『ドキュメント コンピュータ将棋 天才たちが紡ぐドラマ』(3月25日発売予定)においては、2014年の第3回電王戦から、2015年の電王戦FINAL開幕直前までのコンピュータ将棋に関する出来事を軸に、それに関連する多くのトピックを取り上げる、という構成を取った。また電王戦FINALに臨む棋士、ソフト開発者を中心に取材をし、彼らの人物像やコンピュータ将棋への考えを広く紹介するよう心がけた。

 将棋界では四百年の昔から盤上、盤外において、様々なテーマがある。コンピュータ将棋がこれだけ強くなった現在、そうした古くからのテーマに改めて、新しい光が当てられつつある。
 「将棋は棋譜を持って語られるべき」というのが将棋界の伝統的な姿勢である。ただし本書では将棋をあまりよく知らない、という方のためにも、あえて指し手の符号や図面は省略することにした。熱心な方はさらに進めば、専門誌紙やネット上で、多くの優れた解説、論考に触れることができるだろう。

「棋譜は後世に残る。しかしそれ以外のことは、僕たちが書かないと残らない」

 筆者の尊敬する先輩の記者の言葉である。本書ではコンピュータ将棋という最先端のトピックを中心としながらも、過去の知られざる事実、振り返られることの少ないエピソードなども、多く取り上げることにした。

 本連載では、『ドキュメント コンピュータ将棋』の記述の中から、特に電王戦FINAL出場者たちの素顔や、想いの部分を抜粋して紹介していく。これを機に、多くの方が、将棋という途方もなく深いゲームの一端をのぞいていただければ幸いである。


コンピュータ将棋の最前線を戦う天才たちに迫った一冊、3月25日発売予定!


ドキュメント コンピュータ将棋 天才たちが紡ぐドラマ

第3回電王戦までのコンピュータ将棋のドラマを綴った松本博文氏のデビュー作、絶賛発売中!


ルポ 電王戦 人間 vs.コンピュータの真実

角川新書

この連載について

ドキュメント コンピュータ将棋

松本博文

プロ棋士と互角以上の戦いを繰り広げるまでに進化した将棋ソフト。不可能を可能にしてきた開発者たちの発想と苦悩、そして迎え撃つプロ棋士の矜持と戦略。天才たちの素顔と、互いのプライドを賭けた戦いの軌跡。今日までのコンピュータ将棋に関する最前...もっと読む

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コメント

hamanyu1129 @satelliteh ちょっと古い記事やけど 7冠の時に言ってるってのがキレキレやね https://t.co/VZKRMpzhli 4ヶ月前 replyretweetfavorite

takeuchmasahiro この記事が1993年。2015年に将棋ソフトが人間を追い越すと、1996年に正確に予言した羽生さんはやはりただものではない。https://t.co/8rRLkEWifn https://t.co/JhFQtqGITY 1年以上前 replyretweetfavorite

fwd_yutaro 松本博文さんの『ドキュメント コンピュータ将棋』ご恵投賜りました。cakesでの連載も楽しみに読んでいたのでとてもありがたいです  4年以上前 replyretweetfavorite

int13z https://t.co/9WjCKybphQ 3/25発売の本、帯のコピー そして将棋電王戦FINAL 第1局で斎藤五段が^^ http://t.co/O98LKhjyDa おもろい時代に立ち会ってるのんね~ 4年以上前 replyretweetfavorite