タモリの散歩は想像の中で無限に膨らむ

日本のサブカルチャーの始祖・植草甚一と、その4000枚のレコードコレクションを遺品として譲り受けたタモリの関係を追ってきた60歳編。今回は、同じ散歩好きである両者の散歩感の違いに迫ります。そして、今や『ブラタモリ』という番組にまでなりましたが、タモリは散歩からなにを見出しているのでしょうか。

終戦直後に生まれ古希を迎えた稀代の司会者の半生と、 敗戦から70年が経過した日本。
双方を重ね合わせることで、 あらためて戦後ニッポンの歩みを 検証・考察した、新感覚現代史!
まったくあたらしいタモリ本! タモリとは「日本の戦後」そのものだった!

タモリと戦後ニッポン(講談社現代新書)

60歳の地図—タモリは散歩とトリビアがすき 3

植草甚一は本当に散歩が好きだったのか

前々回・前回と書いてきたように、評論家・コラムニストの植草甚一はよく歩く人だった。雑誌『ワンダーランド』(のちの『宝島』)の責任編集を務めていたときには、青山一丁目の事務所までほぼ週1回の割合で顔を出していたという。カナダ大使館のすぐ脇にあった事務所までは、渋谷や六本木などから店をのぞきながら数時間かけて歩いた。そして事務所に着くと、ここに来るまで道すがら見つけたもののことなどを編集者相手に上機嫌で話し、しゃべり終えるとまたどこかへ歩き出すのだった。

ときには編集者の津野海太郎が仕事を中断して、植草の散歩のお供をした。津野によれば、《植草さんはいつもどおり、ゆっくりした足どりで一軒一軒のショーウィンドウを丹念にのぞきこみ、気になる店があると中にはいって店員に話しかけ、話しこみ》、この散歩も優に3時間はかかったという(津野海太郎『歩くひとりもの』)。

しかし植草は本当に散歩が好きだったのか? そう疑問を呈したのは評論家の川本三郎である。川本に言わせれば、植草は散歩そのものが好きだったわけではなく、《あくまでも買い物が好きだったのであり、その結果として散歩があっただけである》というのだ(『太陽』1995年6月号)。もっともその点は植草本人も自覚的で、《散歩というと青空や緑樹が目のまえに浮かんで上品な感じがするが、ぼくの散歩には自然の風景はどっちでもいいし、そのかわりに何か買う物が目に付かなければならない》と書いていたりする(植草甚一「大正式散歩と昭和式散歩」)。それゆえ植草の行く場所は銀座・渋谷・新宿といった盛り場にほぼ限られた。東京の下町の日本橋小網町に生まれながら、浅草や上野、あるいは隅田川周辺について書くこともほとんどなかったと、川本は指摘する。

買うものも多岐にわたっているようでいて、古本・レコード・雑貨・文房具が大半を占め、あとはせいぜい時折ブティックをのぞいてスカーフやハンカチを買ったり、カメラ屋に入ったりする程度だった。骨董屋や画廊をのぞいたり、喫茶店以外の飲食店に入ったりすることはめったになかった。そもそも植草は酒を飲まず、食にもさほどこだわりはなかったようだ。

川本はまた、広範囲に好奇心を持っていたように見える植草甚一が、東京に関しては意外と好奇心を働かせていないと書いている。路上観察をすることはないし、知らない街の路地を歩くということも、かつて早稲田大学の建築科に在学しながら(のち中退)建築について言及したり、あるいは地誌にこだわったりすることもなかった。やはり東京の街をよく歩いた明治~昭和期の作家・永井荷風に関する著書も多い川本には、植草のこのあたりが一番不満のようだ。

永井荷風の場合は、その作品が東京論を書くときに絶好なテキストになるのに、植草甚一の場合は、まったく資料的価値がない。せっかく明治、大正、昭和、そして戦後と、東京のさまざまな変化を見てきているのに、その変遷の歴史を客観的に記述することはない。/“せっかく戦前の人形町を知っているのに、どうして掘割のことを書いてくれなかったのか”“どうしてもっと恋文横丁のことを書いておいてくれなかったのか”……植草甚一のエッセーを読んでいると無念の思いをすることが多い。
(『太陽』1995年6月号)

しかし植草が60歳をすぎてから注目を浴びたのが、その買い物好きのおかげであったことは間違いない。前出の津野海太郎も次のように書いている。

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タモリの地図—森田一義と歩く戦後史

近藤正高

2014年3月31日、『笑っていいとも!』が32年間の歴史に幕を下ろしました。約32年間、毎日テレビに出続け今や国民的タレントになったタモリ。そんな「昼の顔」だけでなく、アングラ芸で身を起こし、深夜番組『タモリ倶楽部』で披露する「夜の...もっと読む

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コメント

nekotuna 副題。「植草甚一は本当に散歩が好きだったのか」このあたりついては自分も意見があるけれど、ここではやめておく。(そのうちまとめて書く) 5年以上前 replyretweetfavorite