最終回】親孝行先に立たず

お酒を飲んでばかりいた父親を、幼い頃から軽蔑していたという見城徹さん。父親が亡くなってから、親孝行できなかったことを非常に後悔したのだそうです。リスクを負って常に闘い続けるために、守るものを最小限に生きてきた見城さんが望む、自分自身の最期とは?
発売初週で早くも3刷! 好評発売中の幻冬舎代表取締役社長・見城さんの著書『たった一人の熱狂―仕事と人生に効く51の言葉―』のcakesでの特別公開は今回が最終回です。

親孝行先に立たず

 僕は静岡県清水市で生まれ育ち、父は小糸製作所の工場で工員として働いていた。仕事は人並みにやっていたが、会社で出世し、頭角を現わそうと息巻くタイプではまったくない。いつも酒ばかり飲んでおり、家族のことなんてまるで考えてくれない父親だった。

 父についての僕の最初の記憶は、酔いつぶれてぶっ倒れている姿だ。僕は母と一緒に酔っぱらった父を迎えに行き、前後不覚になった父をリヤカーに乗せて家に連れて帰った。大変な雨風の日に、近くの酒屋が閉まっていたことがある。「どうしても酒を買って来い」と言われ、遠くの酒屋まで母と一緒にお使いに出たこともあった。

 父については、そんなふうに酒にまつわる記憶しかない。酒さえあれば家族なんてどうでもいい。落語に出てくるような吞兵衛の父を、僕は小さな頃から軽蔑していた

 人生相談をしたこともなければ、かといって確執もない。感謝はまったくしていないし、父がいなくても自分の人生には何の影響もないと割り切っていた。

 だが60歳を過ぎた今、「あの人はあの人で、人生の切なさを嚙みしめていたのだな」としみじみ思う。

 飲むことでしか寂しさを紛らわせることができない。酒を飲むことだけが人生だったあの人の切なさとは、いったい何だったのだろう。息子に何もしてやれなかった父の気持ちが、今になって少し解るような気がする。

 そんな父はすでに他界した。亡くなる前までは「自分にとって父はいてもいなくても同じ人だ」と思っていたわけだが、亡くなってからは「少なくともこの人が俺を大学まで行かせてくれたのだ。生きているうちに、もっとちゃんと話をしておけば良かった。一度くらい、息子として親孝行をしておけば良かった」と思う。

 なにしろ僕は、子ども時代を含めて父とまともに話をしたことは一度もないのだ。成人してからも、一緒に酒を酌み交わしたことすらない。人は誰でも、肉親にさえ窺い知れない事情を抱えて生きている。僕の父は、家族にさえ言えない苦しさと葛藤を抱えて生きていたのだろう。

 せめて成人して社会人になってから、父にもう少し理解の扉を開くべきだった。亡くなる前に、一度でも父の考えていることを聞いておけば良かった。父を拒絶したまま他界に至ってしまったことを、今ではとても後悔している

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たった一人の熱狂—仕事と人生に効く51の言葉

見城徹

「仕事」とは何か、「人生」とは何か。「圧倒的努力」「圧倒的結果」とはどのレベルを指すのか。「金」は全てか、「愛」とは何か、「死」とどう向き合うか。 数々の伝説的ベストセラーを生み出してきた幻冬舎代表取締役社長・見城徹さん。...もっと読む

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コメント

hazkkoi 仕事の鬼!!! 5年以上前 replyretweetfavorite

tamatama2 https://t.co/WSc47h2DSN http://t.co/FYy2WzN2eo 5年以上前 replyretweetfavorite

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