『アメリカン・スナイパー』は、現在84歳の映画俳優/監督、クリント・イーストウッドの最新作であり、監督としての長いキャリアにおいて過去最高の興行成績を記録した作品である。主人公のモデルは、イラク戦争で米軍の狙撃兵として活躍した実在の男性、クリス・カイル。アメリカ海軍の特殊部隊(ネイビー・シールズ)に所属していた彼は、1.9km先の標的へ銃弾を命中させる驚異的なライフルの腕前であり、従軍期間中、米軍史上最多である160人の敵を射殺した伝説的存在だと言われている。クリス・カイルの自伝を元に製作された映画『アメリカン・スナイパー』は、優秀な狙撃兵として次々に敵を射殺していった主人公が、同時にひとりの男として家庭を持ち、いかによき夫、よき父であろうとしたかを並行して描く。
本作の大きな特徴は、およそ戦争映画のヒーローらしからぬ主人公を、あえて物語の中心に置いた構成だろう。イラクの紛争地域へ遠征し、狙撃兵の任務に就いた主人公は、激しい戦闘の影響から、しだいにアメリカ映画の主人公に不可欠な男らしさ、健全な明るさといった要素を失っていく。魂の抜けた存在、まるで亡霊のような男と変化する主人公。当初、いささか単純すぎる愛国心を胸に海軍へ入隊し、「911テロの張本人たちを退治する!」とばかりに意気揚々とイラクへ乗り込んだ主人公を待っていたのは、対戦車用の爆弾を抱えて米軍を攻撃しようとした子どもと母親をやむなく射殺するという、残酷な初任務であった。いつどこから攻撃されるかわからない不安定な状況下で、むごたらしく戦死していく仲間たち。イラクで剥きだしの現実に直面した主人公は、苦悩しつづけるほかない。
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