老いらくの恋は美しくない?
日本では、老いれば枯淡の境地に至ることが美しいと見られてきました。そのため、老いとともに色恋からは離れ、執着を捨てるべきだと考える傾向にあるようです。
しかし、私は、ある療養型病床で、認知症の兆候のある80代の女性たちが、テレビに映った某演歌歌手を嬉しそうに見つめている姿を目にした時、人は自分に備わった性を簡単には捨てられないのだと感じたものです。
いろいろな例がありますが、『がん患者の〝幸せな性〟―あなたとパートナーのために』(アメリカがん協会編/春秋社)には、がんの治療で性機能に障害が生じたときの具体的な方法が説明されています。例えば、治療によって性機能が衰えたとしても、オーガズムに至ることはできる、など細かなアドバイスに満ちており、どんな問題でもタブー視することなく取り上げるアメリカ医療の底力を感じます。
人はいつまで性欲を持ち続けるのか
ある編集者さんに「先生、死ぬ前のあれ(性欲)ってどうなんですか?」と尋ねられたことがあります。そのとき、私は思わず言葉を濁しましたが、性に対する考え方も「あれ」も、千差万別です。
病気が進行すると、人の心身には大きな負担が生じます。そのため、そのようなことを考えたくない、むしろ厭わしいという方もいらっしゃいます。
一方で、弱っているからこそ、自分に備わった性を確認して、生を送りたいと願う方もいらっしゃるのです。また、肉感的な行為に至らずとも、肌と肌での触れあいを求められる場合があります。私の経験をお話しましょう。
90代で「男」を貫いた男性
90歳の男性です。奥さんと90代になっても寝室をともにするなど、仲むつまじいご夫婦であったそうです。
ところが、奥さんが老衰のために、寝たきりになってしまいました。すると、ご主人にも少しおかしな言動が増え始めたのです。奥さんの具合の悪さが、精神的負担になっているのだと感じました。
そのうち、だんだんご主人の言動がエスカレートしていきます。私が往診したときも、寝たきりの妻の浮気を疑って、奥さんの周囲を所在なげにうろうろとなさっているのです。「奥様は小康状態ですよ」とお伝えすると、少しは安心された表情をされるのですが、ご家族によると、言動のおかしさは毎晩のように続いているとのことでした。
そんなある日、おうちにうかがうと、介護されていた娘さんから、驚くことを伝えられました。
「実は先日……その、どうも父が母と、ええ……おこなったようなんです。」
「えっ!」