『完璧な夏の日(上・下)』ラヴィ・ティドハー 茂木健=訳
装画:スカイエマ 装幀:岩郷重力+WONDER WORKZ。
20世紀。暴虐の世紀であったと総括してしまっても何ら違和感がないほど、戦争が、虐殺が起こった時代。だが1世紀という長い期間を第一線で働き続けることのできる人間がいるはずもない。歴史となってしまって振り返るだけの人々と、現実には存在しないにしても「1世紀をまるまる体験した人間」とでは、その重みも、捉え方も、まったく異なっていることだろう。
しかし──フィクションでは「暴虐の世紀」を体験し、見届けた人間を仮定することができる。本作は、第二次世界大戦の直前に、世界各地に突如、老いることのない異能力者たちが現れた架空の現代史だ。彼らは各国の情報機関や軍に所属し、その能力を戦争に奉仕させることになる。どの場面を切り取っても変わらず戦線に立ち続ける彼らを中心に据え、まるで読者にこの世紀をまざまざと体験させるかのように、語りは冷静に、淡々と描写を積み重ねていく。何しろ邦題こそ『完璧な夏の日』だが、原題は『The Violent Century(暴虐の世紀)』なのだから。
あらすじ
物語は、イギリスの諜報機関に所属していた異能力者フォッグが、かつての相棒「忘却(オブリヴィオン)」の来訪を受けるシーンから始まる。もちろん旧交を温めるだけで終わるはずがない。「夏の日」と呼ばれるファイルをめぐって、フォッグが組織に逆らってまで隠してきた「真相」を明らかにするために来たのだ。
進行する現在と同時に「われわれ」と呼称する人物の三人称視点によってフォッグの過去が語られる。能力が発現し、組織に所属する過程、所属機関にて他の能力者たちと交流を深め、オブリヴィオンと幾度もの修羅場を越えていった経験、無数の戦場、敵国の能力者たちとの度重なる接敵──。フォッグの苛烈な人生を追体験することにより、彼が危険をおかしてまで隠したかったものが一体何だったのか、その心情まで含めてまざまざと理解できるようになっていく。