タミさんの自室のドアは開け放たれており、そこから、様々な音楽が流れては止まり、流れては止まりを繰り返している。
宇見戸が企画したのは、クラブを借り切ってテキスト界隈の人々を集め、そこで皆でアルコールを摂取したり、流れる曲にあわせて踊ったりしようという、なんとも破廉恥なイベントであった。普段ネットの向こう側に隠れながら、赤裸々な文章をインターネットに流している連中を、クラブという社交的な空間に一挙に集めて踊らせるだなんて、実に面白い企みだと、素晴らしく滑稽な晒しものだと、想像するだけでにやけてしまうが、おそらく宇見戸はそんな悪意的な発想で企画したわけではないだろう。あのヒゲ男は意外に純粋だということに最近気がついている。きっと楽しく騒ぎたいだけなのだ。とまれ、そのホールで流す曲を選ぶDJの一人にタミさんは誘われ、そして了承したのであった。
それはいいのだが、いつの間にかタミさんもテキストサイト界の人間として扱われるようになったものだ。本人は「おれはテキストサイトとは関係ないから。まともに日本語も使えんし」と頑なに仲間入りすることを拒否しているが、客観的事実は彼の願望を裏切っている。おそらく、今だってイベントで使うセットリストを作っているのだろう。先ほどから聞こえているのは彼の好きな古いディスコだった。
そして僕はその途切れ途切れの音楽を聴きながら、段ボール箱の開封をしていた。夜勤明けで白昼の惰眠をむさぼっていた僕の代わりにタミさんが受け取ってくれた僕宛の荷物である。百円ショップで買ったカッターナイフを使って、慎重にガムテープ部分に切れ込みを入れて封を開くと、中にはぎっしりと食品やら日本酒の瓶やらが詰まっていた。
「タミさん、なんか知らんけどたくさん来たよ。前回より多いみたいだ」
そう呼びかけると、彼は部屋から出て来て、僕の脇から段ボールのなかをのぞき込む。
「うわ、すごいじゃん。結構金遣ってんじゃないの?」
「そうかもなあ。日本酒だけでも二本あるし。酒屋で働いてるから安いとは言ってたけれど、ただってことはないだろうね」
僕はそう言って、瓶を一本手に取った。地元の銘酒を送ってくれる、との言葉通り、ラベルには見たことも聞いたこともない銘柄が印刷されている。
これを送ってくれたのは、岡山に住んでいる女性である。メールのやりとりはしたが、会ったことはない。つまり、ネットでの知り合いだということだ。酒のことばかりサイトに書いていたら、そんなにお酒が好きならこちらの地酒を送りましょうかと提案された。酒をくれると言われてしまっては、僕は宿命的に全存在的に断ることが出来ない。問われるままに我らが花園シャトーの住所を書き伝えると、ほどなく見たことのない酒が二本詰まった段ボールが届いたのが先月のことである。
一度きりのことだと思ったが、どういう訳か今月も送ってくれると言い出して、そして届いてみるとこうして酒だけでなく、当地のスナックや銘菓の類がぎっしりと隙間なく詰まっている。
「ミズヤグチさんすごいじゃん。この人、大ファンだよ」
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