第3回】宝塚歌劇ビジネスの特長とは

大学卒業後、阪急電鉄に入社。駅務員、車掌、運転士を経て宝塚歌劇団にかかわるようになった森下信雄さん。歌劇団にて制作課長、星組プロデューサーとなり、その後宝塚総支配人として宝塚歌劇事業全般を担当しました。その森下さんが2015年1月に刊行した『元・宝塚総支配人が語る「タカラヅカ」の経営戦略』より一部編集して、そのエッセンスを全4回にてお届けいたします。

宝塚歌劇における垂直統合システムとは

 前回までは、エンターテイメントをビジネスとして捉える場合の大きなポイントが、自主制作・主催興行できるか否かにあるとご紹介しました。この点で考えると、宝塚歌劇は「創って作って売る」というように「企画制作・製作・販促営業」が一気通貫で顧客に提供される所謂「垂直統合」型の無駄のない理想的なシステムであるといえます。

 今回は、宝塚歌劇の事業システムについて詳細にご紹介していきますが、その前に、エンターテイメント業界における「垂直統合システム」の存在についてご紹介したいと思います。

 垂直統合とは、経営学者マイケル・ポーターの定義によると「技術的には別々の生産・流通・販売その他の経済行為を一つの企業で行うこと」(『競争の戦略』、1980)とされ、その導入メリットとして統合の経済性(コストダウン)、技術の蓄積、他業界との差別化要因、移動・参入障壁が高くなることが挙げられています。

 一方、ポーターの好敵手と言われたジェイ・B・バーニーは「垂直統合に関する選択は、どの経営機能を自社の境界内もしくは境界外とするかを明確化するという企業戦略の根本である」と述べ(『企業戦略論』、2003)、垂直統合は企業の「戦略上の存在意義」を定義することだと、その重要性について論じました。

 垂直統合については一般的に、自動車業界や電機業界といった製造業の経営戦略論で取り上げられますが、宝塚歌劇のようなエンターテイメント事業において果たして適用が可能なのでしょうか?

 エンターテイメント事業の特徴は「生産と消費が同一の閉じた空間で瞬間的になされる」こと、「生産されたと同時に消費される」こととされています。しかしながら、エンターテイメントの「制作物」も一般的な製品と同様、実際に顧客の五感に触れる(観る、聞く……)までには「創って作って売る」プロセスが存在し、その担い手が「プロダクション」と呼ばれているのは、読者の皆さんもご存知かもしれません。

 先に説明したように、黎明期の宝塚歌劇のポジショニング、即ち阪急電鉄の本業たる鉄道事業を補完する「兼業」としての「気楽な立ち位置」が、宝塚歌劇事業の垂直統合度を高度化させた最大の要因といえます。この点はブロードウェイ・ミュージカルの制作プロセスのスタートラインに「プロデューサー個人のアイデア」が位置することとは大きな差異があります。

 すなわち、宝塚歌劇という事業全体の仕組みを構築したのは偉大なる「プロデューサー・小林一三」であるのは間違いない事実ですが、個々の作品についてはプロデューサー個人の発想や活動からスタートするのではなく、阪急という組織が用意した装置(もともとは鉄道の旅客誘致のための劇場)、その装置を企業として最大限に生かすために阪急が作った興行スケジュール、更には企業として阪急が準備した制作資金(事業予算)、阪急が集めた演じる役者とサポートするスタッフが事業環境として既に揃っているのです。

 ブロード・ウェイの作品制作プロセスに見られるプロデューサーの発想力、資金集め、キャスティング力といった要素は「所与」「当たり前の前提」との位置付けで、宝塚歌劇をはじめ、わが国の多くの演劇制作はスタートするのだといえます。

 さて、宝塚歌劇に話を戻しますが、黎明期には事業そのものから利益を計上する必要性は低く、旅客誘致による鉄道運賃収入極大化が宝塚歌劇の事業目的であったため、必然的に合理的な劇場経営による利益極大化よりも、公演回数を可能な限り増やすことが求められました。従って歌劇事業そのものからの収益性よりも、通年的に滞りなく公演を制作し消化する「効率性」がより求められていたわけなのです。よって歌劇事業から発生する赤字は、1988年まで存在したプロ野球球団・阪急ブレーブス同様、阪急本社の広告宣伝費扱いで処理されていました。

 つまり、効率性をより重視したが故に、宝塚大劇場周辺に衣装・道具の製作場や歌劇団事務所、稽古場、そして宝塚音楽学校といった関連施設が集中して設置され、おのずと「垂直統合度」の高いビジネスモデルが形成されたと私は考えます。

 そして、宝塚独自の「美意識」「世界観」はバーニーの重視する垂直統合分析の視点である「競争優位の源泉を企業の特殊性・異質性に求め、その企業に特有の経営資源を有するか否かを最重視する」というポイントに合致しています。

 ここにさらに外部環境の変化に対応した「5組化(宙組新設1998年)による自主制作・主催興行の量的拡大策」「東京宝塚劇場建替に伴う通年主催興行化(東宝株式会社からの東京における興行主催権の獲得2001年)自主制作・主催興行の質的拡充策」「全国ツアー等、地方興行の充実……実質的ロングラン公演化」といった施策が後押しする形になったのです。

垂直統合システムを採用する根拠

 宝塚歌劇事業は、なぜ垂直統合システムを採用するのでしょうか? その理由の第一にあるものは、ポーターが垂直統合のメリットとして挙げている「統合の経済性」の存在です。

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元・宝塚総支配人が語る「タカラヅカ」の経営戦略

森下信雄

100周年を迎えた宝塚歌劇団。競争激しいエンターテイメント業界でこれほど長く続けられている理由とは。垂直統合型システム、著作権管理方法、ロングラン興業のための5組化・・・。その秘密が今、明かされる。

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