第1回】「タカラヅカ」の基礎知識

大学卒業後、阪急電鉄に入社。駅務員、車掌、運転士を経て宝塚歌劇団にかかわるようになった森下信雄さん。歌劇団にて制作課長、星組プロデューサーとなり、その後宝塚総支配人として宝塚歌劇事業全般を担当しました。その森下さんが2015年1月に刊行した『元・宝塚総支配人が語る「タカラヅカ」の経営戦略』より一部編集して、そのエッセンスを全4回にてお届けいたします。

総勢400名の女性のみで構成される劇団

 豪華絢爛な宝塚歌劇の舞台で活躍する役者(宝塚では「生徒」と呼びます。)たちは全員、宝塚歌劇団に所属しています。宝塚歌劇団はその名の通り兵庫県宝塚市に本拠を置き、総勢約400名で全員が未婚の女性で構成されているという、わが国最大級の劇団です。

 1914年にその歴史をスタートさせ、徐々に勢力を拡大し、現在は花組・月組・雪組・星組、そして1998年に創設された最も新しい組である宙組の5組体制となっています。構成人数は各組約70名程度、宝塚歌劇の基幹公演(「本公演」と言います)である宝塚大劇場公演並びに東京宝塚劇場公演には、怪我・病気等で休演しない限り、その組に所属している生徒は全員出演します。

 宝塚歌劇はトップスターを頂点とする「スター・システム」を敷いています。各組に男役・娘役それぞれのトップスターが存在、以下2番手、3番手……というように序列が比較的明確になっているシステムです。したがって、作品の配役は基本的にその序列に沿って割り当てられることになり、「男役10年」と言われるがごとく、入団から最終目標たるトップスターの地位に辿り着くまでのステップが明確に存在しているのです。

 また、宝塚歌劇団の組織上の特徴として、各組で1人ずつ組長と副組長が任命されます。基本的に組の最年長者(実年齢でなく歌劇団在籍年数)が組長になり、公私ともに組子の相談に乗る役回りで、舞台経験と統率力が要求される重要なポジションです。

 各組を担当するプロデューサー(これは私のような存在です)は、組長・副組長と緊密に連絡を取り、その組の運営が円滑に進むように努めています。組子に関する情報はほとんどの場合、組長からもたらされますが、「退団」という最重要な情報は本人からプロデューサーに直接申し入れがあります。それは極秘裏に進めたいという希望と、同性よりも異性の方が相談しやすいという女性のみの劇団ならではの事情もあるのではないかと思います。

 宝塚大劇場公演は基本的に前物と呼ばれる芝居(約90分)に幕間休憩(約30分)、後物と呼ばれるショー(約55分)の構成で合計約3時間。とはいえ、芝居の約90分で「起承転結」を表現し、かつ「スター・システム」を採用する以上、約70名の生徒全員にセリフや見せ場を与えて使いこなすことはできません。演出家やプロデューサーにとっては、そのような環境下であっても、若手の有望株にもセリフやトップスターとのやりとりといった場面を割り当て、育成していくことも重要な仕事となります。

 公演の稽古初日(「集合日」といいます)に初めて稽古場に芝居とショーの配役表(「香盤表」といいます)が貼り出されます。この緊張感は何度経験しても、一種独特のものを感じていました。その公演における抜擢や降格といった「自分の位置付け」が明確になる瞬間だからです。

 香盤表作成の過程では、演出家とプロデューサーの間で十分な議論が行われます。まず、台本をじっくり読んで、プロデューサーも自分なりの香盤表を考えます。演出家はずっと特定の組を担当しているわけではありません。やはり、組付きの我々プロデューサーの方が組子のことをより理解しているという自負がありますし、何と言っても中長期的なスパンで組の運営を考えているので、抜擢・降格といった「人事」に関しては譲れない部分が出てきます。

5組の平等なビジネスユニット

 宝塚歌劇の1年間の興行スケジュールは、5つの組ができる限り平等になるように組まれていきます。スケジュールを策定するのは、歌劇興行の主催者である阪急電鉄歌劇事業部です。この歌劇事業部の作成した原案をもとに、作品の「制作」担当の宝塚歌劇団、そして企画自体もその意味として内包する「製作」担当の株式会社宝塚舞台をあわせた三者で興行が円滑に、かつ最大限の利益を残せるように調整していきます。

 その際のポイントとして以下のものがあります。

① 1つの作品を同一年度内に2つの異なる組で上演したり、1本立ての作品を組み込んだりすることによってコストを引き下げること。

② 外部への売り興行において、2年続けて同じ組が同一興行に当たらないように配慮すること(ある年の博多座公演の担当が星組であったならば、次年度は別組が担当する)

③ トップスターの退団が既に決まっている場合(当然、未公表で秘密事項)、当該公演の団体客による貸切公演回数を極力減らして、利益率を上げること。

 ベースとなる宝塚大劇場公演とそれに続く東京宝塚劇場公演は、それぞれ年間10興行が実施され、1興行の公演回数は45回が基本となります。つまり、5つの組がそれぞれ東西の基幹劇場で年2回ずつ興行を行うのが年間スケジュールの基本となるわけです。

 この宝塚大劇場と東京宝塚劇場のスケジュールを固めた後は、宝塚バウホール公演、東京特別公演等の主催興行、そして全国ツアー、博多座公演等の他社への売り興行等を、こちらも5組に偏りが生じないように配慮しながらはめ込んでいき、1年間の歌劇興行スケジュールを確定させます。

組替えと初舞台生の配属

 組替えとは、宝塚歌劇団にて定期的に実施される生徒の「人事異動」です。花組から宙組へ、また組配属から専科へ、あるいは逆に専科から組配属へ(大抵は組長・副組長就任)といったパターンで実施されます。プロ野球でいうところのチーム間移籍と考えればわかりやすいと思います。

 組替えを実施する最大の理由は、5組間のバランスを確保するためというものです。

 生徒は自身の退団時期を、その組のトップスターの退団に合わせることが多く、そのため場合によっては一度に10人近くが退団することがあります。そうなると、組の人数の10%以上がいなくなるわけで、運営のために「量の確保」が先決となるわけです。また、質面でのバランス確保も組替えの理由となります。

 退団者が若手の端役クラスならそれほどの問題はありませんが、2番手、3番手クラスの突然の退団や、新人公演主演経験者などの将来の組を支えるべき中核が退団するとなると、組を預かるプロデューサーとしては一大事です。当然、内部昇格もあり得ますが、組替えの機会に他の組からスター候補を獲得することも視野に入れておかねばなりません。
 したがって、宝塚歌劇団のプロデューサーは、自分の預かる組だけでなく、他の4つの組の公演や稽古場にも顔を出して、プロ野球のスカウトの如く「目を光らせておく」必要があるわけなのです。

 しかしながら、その場合には、従来の組内の「序列」に変化が生じ、競争という良い面だけではなく「妬み、恨み、失望」といった負の影響が出てくることが往々にしてあります。これは、生徒本人だけでなく、支える側のファン・コミュニティにも様々な波風を立てることに直結します。組運営全般を考えるプロデューサーにとっては実に頭の痛い問題を抱えることに違いありません。

 一方、組配属とは、宝塚音楽学校を卒業して歌劇団に入団する「初舞台生」(現状40名)を各組に配属することを言います。

 入団後は、初舞台生(入団同期生)全員で1つの作品に出演します。出演といっても、ショー作品のロケット(ラインダンス)場面とフィナーレのみの出演です(それに加えて、公演の最初に「口上」を披露します。初舞台生全員のラインダンスと口上の披露が初舞台生公演の大きな特徴となるわけです)。

 その後、各組へ配属をされていくことになりますが、行き先を決めるのは歌劇団プロデューサーによる、いわゆる合議です。これもプロ野球に例えると「ドラフト会議」になるでしょうか。

 組配属会議の前提として、各組のプロデューサーは自身の預かる組の戦力分析をしなくてはなりません。補強するべきポイントを明確にする必要があるからです。不足しているのは男役なのか娘役なのか、年次構成の矛盾はないか、ダンサーが必要なのか、それとも歌手なのか……といった分析と以後の退団予定者及び前述の組替え動向等を加味して補強ポイントを明確にします。

 プロ野球のドラフト会議でいえば、ピッチャーが足りないのか、外野手がほしいのか、はたまた即戦力の社会人なのか、育成の高校生なのか……といった各チームの補強ポイントと指名予想が報道されますが、それと同様の状況が歌劇団でも生まれているのです(ただし「逆指名」は許されません)。

 そのうえで、会議では各プロデューサーが「指名」を行っていきますが、その際には生徒の成績も加味されて、5組の間で成績面での偏りが出ないように調整します。各組ごとに補強ポイントが重ならなければ、一人の初舞台生に複数のプロデューサーが獲得の名乗りを上げるという「重複指名」は起こりませんが、重複が発生した場合にはプロデューサー間で調整します。その際に決定的に重要なのが、その生徒の実力をどの程度プロデユーサーが把握しているかということになります。初舞台公演だけでなく、宝塚音楽学校時代の「文化祭」の舞台や試験の場に足繁く通って、戦力になるか否かを見極めることが大切なのです。

3月8日(日)18時から放送のBS日テレ「久米書店」に著者出演!http://www.bs4.jp/kumebook/

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元・宝塚総支配人が語る
「タカラヅカ」の
経営戦略

森下信雄・著
[編集]角川書店[発行]KADOKAWA
発売日:2015/1/10
定価:864円(税8%込)


角川新書

この連載について

元・宝塚総支配人が語る「タカラヅカ」の経営戦略

森下信雄

100周年を迎えた宝塚歌劇団。競争激しいエンターテイメント業界でこれほど長く続けられている理由とは。垂直統合型システム、著作権管理方法、ロングラン興業のための5組化・・・。その秘密が今、明かされる。

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コメント

yone22222 ウェブでも少し読めるけどこれ |森下信雄|元・宝塚総支配人が語る「タカラヅカ」の経営戦略 https://t.co/5EO0YlffTe 5ヶ月前 replyretweetfavorite

qingxiang カンパニー観てサラリーマンが急にバレエ団のプロデューサーに…?🤔と思ってたけど、宝塚のシステムがそうなのね 約1年前 replyretweetfavorite

oyayubihime https://t.co/2yqI8rgbDf 2年以上前 replyretweetfavorite

petite_Elly https://t.co/PWBP2FAch5 3年以上前 replyretweetfavorite