——さて、込山さんは早川書房を定年退職されたあと、今も社外編集者として文庫SFを作っていらっしゃいますが、最近はいかがですか?
込山 ロバート・ブートナーの《孤児たちの軍隊》というのがまた、どういうわけかよく売れてしまって、続々と刊行が続いております。
——翻訳する作品はどうやって選ぶんですか? アメリカでもミリタリーSFはものすごく量が多いじゃないですか。それこそKindleダイレクト・パブリッシングとかでも個人出版のミリタリーものがたくさん出ていて、電子書籍で何万部も売れている本がいくつもあったりするなかで、どうやって選ぶのか。
込山 いや、もう自分で読むしかないです。外に出してリーディングをお願いするにしても、まずは最初の1、2章を自分で読んでみないと。つまらなくてすぐやめちゃったりもするし、面白くて最後までいっきに読み通せたら、絶対に出す。この1月に出たばかりのジェイ・アラン『真紅の戦場』も僕が自分で読んで、ああ、これはすごく面白い、売れるだろうと思って出した作品ですね。
——逆に、こんなに面白いのに全然売れなかった、というものはありますか?
込山 全然ではないけれど、そこそこしか売れなかったという作品もあります。たとえば、ネイサン・ローウェルの『大航宙時代』っていう宇宙SFを去年出したんですけど、これも自分で原書を読み通して、すっごく面白かったんです。孤児の少年が自分の惑星にいられなくなっちゃって、ある商船にいちばん最下級の船員としてもぐりこんで、さまざまな事件をへて成長していくありさまが描かれているんですけど。
——『大航宙時代』はすごかったですね。前半は、コーヒーの淹れ方が上手いという得意技だけで主人公がのしあがっていく(笑)。後半は行く先々の星でフリーマーケットを開いて金を稼ぐ話。事件らしい事件は起こらない。
込山 これだけ何にも起こらなくて、でも肩ひじ張らずにパーッと読めてとても面白いから、ぜひ売れてほしいと思ったんですけど、まだ2割ぐらい残っていて……。あとちょっとなのに、重版にならないんですよね。重版にならないと次は出せないので、いまいろいろと重版させるべく画策をしているところです。個人的にはいま一番のお勧め本です。
——この作品は面白かったですよ。一番の下働きから出世していく苦労が素晴らしくよく書けていて、リーダビリティは非常に高い。というわけで、昨年の文庫SFのなかで込山さんのイチ押しの『大航宙時代』でした。
●現在へ、そして未来へ
——……というような感じで、後半はものすごい駆け足で現在まで追いつきました。今日は会場に現役の文庫SF担当編集者も来ているので、最後にご登場いただきましょう。いま早川書房で海外SFを統括している、ミステリマガジン編集長の清水直樹さんです。
清水 よろしくお願いいたします。
——どうでしょう、ここまでで何か語り足りない、最近の文庫SFについてのお話はありますか?
清水 私は去年は新☆ハヤカワ・SF・シリーズを主にやっていて、文庫SFで作ったのは『火星の人』ぐらいです。あとは大森さんにもご協力いただいているフィリップ・K・ディックの新版や短篇傑作選などですね。
——『火星の人』はベストSF2014で1位にもなって、大当たりでしたよね。あれはどこから始まった企画なんですか?
清水 最初は代理人から、映画化が決まっているけどどう? と話が来たんです。あらすじだけ読むと非常にシンプルで、「火星のロビンソン・クルーソー」とみんな言っていますけど、本当にその通りでした。ただ一方で、原書を読んでみると本格SFとしても非常に読み応えのある作品だったので驚かされました。
込山 アーサー・C・クラークの『渇きの海』ってあるじゃないですか。あれと似たテイストがありますよね。
清水 わたしはこれまでグレッグ・イーガンやパオロ・バチガルピ、チャイナ・ミエヴィルなどを担当してきたので、『火星の人』はちょっと雰囲気の異なるSFでした。
——イーガンもバチガルピも、本格SFど真ん中の作風ですからね。
清水 そういった新しい、ベストSFランキングに上ってくるようなSFと、《彷徨える艦隊》や《孤児たちの軍隊》のような、昔ながらのシリーズものと、やっぱり両方ないといけないなとは思っています。
——文庫SFの両輪ですね。でも、ここ何年かで、ミリタリー系を除くと、ハヤカワ文庫SFから出る本邦初訳の本格SFの点数が減ってきている印象ですけど、そのあたりはどうなんですか? 去年は『火星の人』があったからよかったですけど、逆に言うと『火星の人』しかない、みたいな。
清水 新しいものは基本的にSFシリーズに投入しているんですよね、いわゆる本格SFもそちらに。
SFシリーズのほうで去年はスコルジーの『レッド・スーツ』と、その前にイーガンの『白熱光』があって、フランスSFの『オマル』や大河ファンタジイの『王たちの道』を続けつつ、円城塔さんの翻訳でチャールズ・ユウの『SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと』を出し……という1年でした。
込山 ただ確かに、刊行リストを見ていると、やっぱりちょっと《ペリー・ローダン》と冒険SFが中心になってきている気がするので、今年はもっとバラエティ豊かないろいろなジャンルのSFをガンガン出していきたいですね。
清水 実は今年2015年は、早川書房が創立70周年なんですよ。それを記念して4月からは新訳や復刊を続けていく企画が動いています。ディックでいえば『ザップ・ガン』のあとで『パーマー・エルドリッチと三つの聖痕』を浅倉久志さん訳のままカバー替えをして、あと『スキャナー・ダークリー』も予定しています。
——ディックで言うと、『パーマー・エルドリッチ』Tシャツをぜひ出してほしいですね! それに、『ザップ・ガン』Tシャツも(笑)。
清水 あとは1月に《ヴァリス》3部作の2作目『聖なる侵入』を山形浩生さんの新訳版で出したので、できれば今年中に3作目、『ティモシー・アーチャーの転生』も。
——SF文庫も創刊から40数年経っているわけですからね。SFシリーズだって刊行から半世紀近く経つものも多いわけで、どんどん新版を出してほしいです。
清水 70周年の復刊企画ではSFもミステリも、あっと驚くような新訳があると思います。ぜひご期待をいただければと。
——本格SFの新刊は引き続き、SFシリーズから出していくんですか?
清水 そうですね。今年は大きいのも用意しています。いつ出すか決めていないものも多いので、詳細は言えませんが……。ラインナップが発表になっている作品でいえば、第2期SFシリーズの最後がグレッグ・イーガンなんですよ。秋ぐらいになると思いますが、『クロックワーク・ロケット』という、イーガンが初めて書いた宇宙SFシリーズものの3部作、その1作目が第2期の最後に出ます。文庫のオリジナル企画も、込山さんからどんどんいただいています。
込山 どんどんお仕事ください(笑)。
——素晴らしいですね。引退してからも次々に本を出すという。SF編集者の理想を体現しているようです。
それでは、今後とも、ハヤカワ文庫SFの未来は明るいということで、SF編集者の方々に大いに語っていただきました。皆さん、本日はどうもありがとうございました。
(2015年1月29日/於・五反田ゲンロンカフェ)
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