金を持った高齢者と、金のない若者の国
その異様な言葉に、一同は聞き入っていた。それは、仕込み要員のはずの来栖君もだ。人を騙して金を奪うプロである詐欺屋。それを束ねる店長格の毒川の言葉とは、とても思えない。その様子を見回すと、毒川は再びホワイトボードに向かい、大きな文字を書いた。
(1)貯蓄ゼロの人間を騙して無価値なものを200万円全額ローンで売る
(2)貯金2000万円の人間を騙して200万円を奪う
そして、その文字をドンと拳で叩いて、続けた。
「俺は、詐欺屋始めてもう何年も経つ。だけど、前の仕事みたいな罪悪感を感じたことは、ほとんどない。なぜなら、これは犯罪かもしれねえけど、最悪の犯罪じゃねえからだ。いいか? いま、詐欺でひとり騙して取る金の単価ってのは、200万円程度だ。お前らにとって200万円っていうのは、とんでもねえ額だろ? それ取られたら、首くくるかもしれねえ。生き死にの問題だろ? でも、詐欺で200万円取るのは、その日のうちに200万円用意してポンと払える余裕のある人間だ。そいつらは200万円取られて、悔しいかもしれないけど、そこに本気の痛みはねえ。それが即生き死にに関わるような人間じゃねえ。俺が詐欺で罪悪感を感じないのは、200万取っても痛くない人間を狙って、そいつらから奪ってるからだ。たとえこれが1000万でも2000万でも、それを払うことができて、取られてもさしてダメージを感じない奴から取ることに、俺は一切の罪悪感を感じない。お前ら、昼に研修でゴルフ場と工業団地見てきたろ? 思い出してほしい。平日の真っ昼間っからゴルフ場に高級車並べてたのは、どんな奴らだった? 俺らが詐欺で的にかけるのは、まさにそいつらだ」
参加者の脳裏に、昼間に見てきたばかりの高級会員制ゴルフ場の駐車場がまざまざと甦った。あそこに置かれていた車を全部集めたら、いったいいくらになるだろう。1億、2億じゃ済まない。それだけの「財産」が、確かにあの山の中に作られたゴルフ場にはあったではないか。
同じく聞き入っていた来栖君は、ここでハッとした。 「ゴルフ場の話」が出たら、仕込みの発動。そう事前の指示を受けていたからだ。手を挙げて、発言の許諾を得た。
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