電気サーカス 第12回

電話回線とテレホーダイを使ってインターネットに接続していた時代。“テキストサイト”をはじめた“僕”は、高校時代の友人たちと共同生活をはじめた。そんなある日、サイトで知り合った宇見戸主催のオフ会に参加。“増岡”と名乗る女子中学生と出会う。

 愛想笑いを浮かべると、宇見戸はまた先頭に立って僕らの案内に戻る。マジックマッシュルームが好きだとは以前から聞いていたが、こういう化学物質にも詳しいのだろうか。
 この宇見戸という人物は普段から新宿に慣れ親しんでいるらしく、いい店があるんですよと、初対面にもかかわらずICQで話していた時と変わらぬ気さくな口調で言っていた。今日はこれからその店に行くことになっているのだが、どんな場所なのだろう? 怪しい店でなければよいのだが。
 先頭を行く宇見戸の後をクサノとタミさんが肩を並べて雑談をしながら歩き、僕は最後尾でこの集団を追っていた。あまり離れると、人混みに紛れてお互いを見失ってしまうだろう。週末の夜、かき入れ時の新宿歌舞伎町はラッシュアワーのような賑わいを見せている。
 この都会の雑踏を嫌いだと言う人は多い。慣れないうちは体がぶつからぬよう歩くのが大変だとか、人が多くて酔ってしまうだとか。タミさんなどはその最たるもので、とにかく大量の人が歩き回っているのが不快で不快で仕方がなく、とても耐え難い精神状態になってしまうと繊細なことを言い、街に出る時はいつも普段よりも多めの精神薬をあらかじめ飲んでいる。そうでなければ街に出られないのだそうだ。
 これは極端な例だとしても、この混雑を好きという話はあまり聞かない。けれど僕はどうも、昔からこれが好きだった。そりゃ満員電車みたいに押し合いへし合いは嫌だけれど、こうして流れている限り、他人も自分もややこしい人間などない砂粒になってしまったようで心が落ち着く。静かに考え事が出来る。
 僕は歩きながら、十代の頃、当時の恋人とここに来たのを思い出していた。ちょっと背伸びがしたくて、わざわざこんなところまで映画を見に来たのである。僕は楽しくて仕方がなかったのに、相手の女は新宿にいる間ずっと街が臭くて仕方がないと言って不機嫌だったっけ。帰りの電車でも二度とここには来たくないと顔をしかめ、せっかく遠くまで足を伸ばしたデートが完全な失敗に終わってしまった。
 一体何が臭かったというのだろう? 当時の僕はそんな悪臭をちっとも感じなかったし、いまもそんなにおいはしないように思うのだけれど。精神的な要因があったのかも知れない。彼女もやっぱりこの都会の人混みに辟易していたんだろうか? それとも、僕が一緒だったから、そんなにおいを嗅いだのだろうか。
 クンクンと街のにおいを嗅ぎながら歩く僕の隣を、いつの間にか増岡が歩いていた。
 彼女は落ち着きのない人間らしく、さっきからそわそわとグループの前に行ったり後ろに行ったりしている。今も僕の隣を歩きながら、こちらを見たり、あちらを見たり、ほとんど前を向かないでうろちょろとしていた。まったく本当に、子供なのだなあ。その様子を見ているとため息が出そうだ。
 身長はむしろ平均的な成人女性よりも高いくらいだけれど、その顔には未熟な化粧がほどこされていて、ファンデーションは分厚く、マスカラは重そうで、唇は赤すぎた。そしてその身体は、思春期の少女らしく凹凸の少ない肉付きで、まだ女になり切れていない。こんな餓鬼がこんな会合に当たり前の顔をして参加しているだなんて、世も末だ。警察に見つかったら、僕らが逮捕されたりしないんだろうか? まあ、この混雑のなか、このようなグループをいちいち逮捕していたら、警察はそれだけで忙殺されてしまうだろうが。
 じろじろ見ていると視線が合ってしまった。彼女はどことなくゆるい笑顔を満面に浮かべるのだが、僕は咄嗟に愛想笑いを返すことが出来ず、思わず目をそらしてしまう。

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電気サーカス

唐辺葉介

まだ高速デジタル回線も24時間接続も普及しておらず、皆が電話回線とテレホーダイを使ってインターネットに接続していた時代。個人サイトで自己表現を試みる若者達がいた……。

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