平手打ちの飛ぶ研修
201×年某月、東京都心から電車で40分ほどの雑居ビルにあるテナントが契約された。
築40年ほどの鉄筋コンクリート造ビルはテナントも空きがちで廃墟のよう。入り口の集合ポストにはガムテープで投函口を塞がれたものもあるし、屋上かベランダの防水処理ができていないのか、1階エントランスには壁から染み出た水が小さな水たまりを作っている。
その一室、朝7時35分。多くのサラリーマンがテレビのニュースを見ながら朝食を取っているだろう時間だが、ガランとしたオフィスにはミニテーブル付きのパイプ椅子がズラリと並べられ、決して広くはないテーブルの間には思い思いの私服に身を包んだ20余名の男たちが緊張した面持ちで立っていた。
ミニテーブルの上にはA4のコピー用紙にミッシリと印刷された細かい文字の名簿と、フローチャート式の営業書類が1部、そして携帯電話が1本ずつ。立ち尽くす男たちは、目の前で繰り広げられている異様な光景に目を見張っていた。
「面接ん時に言われたはずだけどな! 研修初日から遅刻っつぅのは、舐めてんだなテメェらは! 舐めてんだろ!」
狭い事務所の窓際に置かれたホワイトボードの前、整列させられた4人の若い男たちの横っ面に、間髪入れずに容赦ない平手打ちが飛んだ。
バッチーン!およそビンタの音とは思えない、掌の芯を得た平手打ちの激しい打撃音に、テーブルの間で直立不動の男たちの表情にも緊張が走る。
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