電気サーカス 第11回

まだ皆が電話回線とテレホーダイを使ってインターネットに接続していた時代。“テキストサイト”をはじめた“僕”は、高校時代の友人、逆野たちと共同生活を開始した。そんなある日、サイトを通じて知り合った宇見戸からオフ会の誘いが……。

 別に妙齢の女性がやって来ると期待したわけでもないけれど、若干複雑な感情を抱えることになってしまった僕は、行きますと返事をした。
 待ち合わせの場所は新宿東口のアルタ前である。
 日が落ちて、行き交う人の顔が服がネオンのどぎつい明かりに濡れている。こういう風景を見ると、僕は椎名林檎を思い出し、そして椎名林檎を大好きだった学生時代の友人のことを思い出す。あいつは元気でやってるだろうか? 月末になるといつも、二人のポケットの小銭を全部机の上に掴みだし、それで一番安い酒と煙草を買い、分け合ったっけ。僕の数少ない友人だった。多分まだあの街で大学生をやっていて、僕がこんな騒がしい街で、ネットで知り合った相手と酒を飲もうとしているだなんて想像もしないだろう。
「ファンに会うだなんて、楽しみでしょう」
 人混みに出る時はいつも抗不安剤を飲んで来るタミさんが、うっとりしたような顔で言う。明らかに僕をからかっている様子なので返事はしない。
 新宿東口を出てすぐ目の前がアルタビルだ。人混みをかき分けるようにしながら、そのビルの目の前までやってくる。さすが待ち合わせ場所のメッカだけあって、人待ち顔でぼんやり佇んでいる個人やらグループやらで路上は埋め尽くされていた。黒いコートにヒョウ柄のマフラーを巻いた派手な女が深刻な顔で手元の携帯電話をのぞき込んでいる。大学のサークルか何かだろうか、男女の集団が時々はじけるような笑い声を上げている。無精髭の男と、病人のように青白い顔の男がひそひそと囁きあっている。その隣では、やたらと若い女の子が落ち着きなくキョロキョロと頭を動かして周囲を窺っているのだけれど、あれは家出か何かをして来たのかな? まだほんの子供じゃないか。一人で、こんな繁華街で、誰と待ち合わせているんだ。何やら犯罪のにおいがするから、見ないようにしよう。
 五分早く到着してしまった。もう宇見戸達は来ているのだろうか。来ているのだとしても、顔を知らぬ僕は相手を見つけ出すことが出来ない。ただ電話番号は知っている。さっそくそれにダイアルすると、こちらの受話器からコール音が鳴り出すのと同じタイミングで電話を取り出す者があった。それは、いまさっき見た髭もじゃの男である。彼はポケットからオレンジ色の携帯を取り出した。あれが宇見戸だろうか?
『もしもし』と受話器から流れ出る宇見戸の声と、「もしもし」と髭の男が口を動かすのが同じだった。間違いない。電話を閉じて手を振ってみせると、相手も気がついたようで、いそいそと頭を下げる。
「宇見戸です。はじめまして」
「ミズヤグチです。どうも」
 そう言ってお互い会釈を交わすと、宇見戸は自分の右に立っていた色白で眉毛の薄い青年を紹介する。
「彼がクサノ君です」
「はじめまして、クサノです」
「あ、どうも」
 僕はもう一度会釈を返しながら、あんまりぴょこぴょこと頭を下げる自分の姿が滑稽に感じられて仕方なくなった。つい自省的になって黙り込んでしまう僕をよそに、レキソタンで明るくなったタミさんが如才なく彼らと挨拶をし、雑談をはじめている。僕以上に彼らと接点がない筈なのに、それを感じさせぬにこやかな態度だ。薬の力というものをまざまざと見せつけられる思いである。
「ええと、じゃあ、あとは増岡って人が来ればいいんですか?」
「もう来てますよ」
 宇見戸は素っ気なく言うけれど、それらしい人物が見当たらない。
「どこに?」
「彼が増岡君です」

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電気サーカス

唐辺葉介

まだ高速デジタル回線も24時間接続も普及しておらず、皆が電話回線とテレホーダイを使ってインターネットに接続していた時代。個人サイトで自己表現を試みる若者達がいた……。

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