ピケティ人気は、ご本尊の来日を経て少しは落ち着いたものの、まだまだ衰える気配はなくて、いろんな自称「ビジネス」「経済」雑誌(という書き方をするのは、ぼくはそのほとんどがまともな意味でビジネスになんか役立つと思ってないし、経済に関しては胸を張ってバカを曝しているものばかりだと思っているからなんだけど)の特集も続いている。
多少はましなものもあれば、腹がたつものもあり、自分が寄稿したりしたものについてはブログであれこれレビューしたりしているけれど、もちろんとても全部なんか見てられない。とはいえ、やっぱり現時点で最も衝撃的だったのは『プレジデント』2015年3月16日号の「世界初:お金に困らないピケティ実践講座」なる特集。いやあ、こいつはすごい。
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などなど……唖然。昔はこういう特集は『ビッグトゥモロウ』の独壇場で、『プレジデント』は「戦国武将に学ぶ乱世ビジネスマンの叡智」とかその手のが売りだったんだけど、最近は『プレジデント』も実学志向なんですねー。しかしここまで厚顔きわまる恥ずかしい特集は、かえって読みたくなっちまいます。ピケティが見たら卒倒するか爆笑するか、興味あるところ。
でも、こういうおふざけや軽薄な扱いにとどまらず、だんだんよい影響も出てきている。格差という問題について、そもそも認識が高まったのはいいことだ。そして、だんだんピケティがらみの好著も登場するようになっている。
一つは、もちろんピケティ本人の『トマ・ピケティの新・資本論』(日経BP社)。ピケティがフランスの新聞に連載した記事をまとめたものだ。難点は、時事コラムでフランスのローカルネタがあまりに多いこと。これは新聞コラムだからやむを得ない。ただ、本書が廉価版『21世紀の資本』(みすず書房)ではないことは、きちんと理解しておく必要がある。そして、系統だった理論展開が行われる性質の本でもない。
その一方で、短いしそれぞれの課題について、ピケティがどういうアプローチで議論を行っているかという視点は非常に明解。『21世紀の資本』は大部で、かなり細かい話まで詳しく述べるので、ときどき考え方や視点を見失いがちになる。その点こちらは、その論点はとてもすっぱり明解だ。そして、『21世紀の資本』をざっとでも見た人なら、「あ、これはあの論点か」とか「あそこの記述はここが発端なのか」といった発見も結構ある。
その意味で、個人的には『21世紀の資本』の副読本として読んでもらうのがいちばんいいんじゃないかとは思う。でも単独でも十分楽しめるはずだし、何よりずっと気楽に読めるのは大きなポイント。個人的には、中央銀行がもっと金融緩和しろ、EUはインフレ誘導しろ、FRBの金融緩和にケチつけるな、といった各種コラムがおもしろかった。日本にきたときにアベノミクスについては、かなり両論併記っぽい煮え切らない言い方をしていたけれど、基本的な立場としては特に金融緩和部分やインフレ目標には好意的なはずだというのはここからもうかがえる。
でも、ピケティ自身の本もさることながら、『21世紀の資本』のベースとなった各種論文を共同研究している人々の本も出しやすくなったらしいのは、もっとありがたい影響じゃないかな。その代表格がガブリエル・ズックマン『失われた国家の富』(NTT出版)。本書は『21世紀の資本』で強く推進されていた、タックスヘイブン(脱税支援地域)の規制と国際累進資本税の構想を打ち出した本となる。
本書で挙がっているタックスヘイブンの範囲はかなり広い。スイスやカリブ海や英仏海峡だけでなく、シンガポールや香港もタックスヘイブンに含まれる。こうした世界のタックスヘイブンの総本山はスイスだ。最近はカリブ海も強いよね、と思っていたら、なんとそうした場所でもシンガポールでも、スイス系銀行の出先がほとんどの顧客を獲得してるんだって。
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