蜷川幸雄の『トロイアの女たち』
—ギリシャ悲劇に民族の壁をこえて役者が集う

ライターの木俣冬さんが、2012年12月に上演されたギリシャ悲劇『トロイアの女たち』をレビューします。日本人、アラブ系イスラエル人、ユダヤ系イスラエル人が舞台に立った公演。その内容から見えてくる演出家・蜷川幸雄の想いを感じてください。(撮影:宮内勝)

2012年11月には、すわ、開戦か!?と危ぶまれたイスラエル、パレスチナ問題だが、12月に入ると、日本では衆議院総選挙に視線が注がれ、印象が薄れてしまった気がする。もちろん、11月末にはパレスチナをオブザーバー国家として承認という前向きな進展を見せたからでもあるが、イスラエルはそれに反抗して入植地を広げようとしているなど、なかなかすっきり解決とはいかないようだ。

なにしろこの問題は、根が深く、遠く離れた日本人にはなかなか理解し辛い。ネットで悲惨な戦場の写真を見て胸を痛めながらも、そもそも、イスラエルとパレスチナの立場の違いとそれによる問題点をはっきり説明できない人も多いのではないだろうか。

どうしたって他人事になってしまいがちな問題に、少しだけ思いを馳せられるような演劇が、12月11日から20日まで東京池袋の東京芸術劇場で行われた。ユダヤ系とアラブ系のイスラエル人俳優と日本の俳優が出演しているギリシャ悲劇『トロイアの女たち』(蜷川幸雄演出)である。

といっても、この物語は、イスラエル、パレスチナ問題を描いたものではなく、古代ギリシャの物語である。ましてや、イスラエル人とパレスチナ人が共演している舞台でもない。ユダヤ系とアラブ系に分かれてはいるが、イスラエル人と日本人の共演する舞台だ。だが、国と国とが争った末、勝者と敗者に分たれ、敗者が激しい屈辱を抱えさせられるということが、いつの時代、世界のどこでも行われていることを改めて突きつけてくる作品だ。

それを単一民族のみで演じるのではなく、複数の民族がそれぞれの言語(アラビア語、ヘブライ語、日本語)を入り乱れさせながら演じたことが、この作品が物語ることを一層色鮮やかにしたと言えるだろう。この意義深い公演に日本からは、紫綬褒章も受章している舞台俳優・白石加代子、元宝塚トップスター・和央ようかなどが参加している。

舞台がはじまると、まず目に入るのは異様な光景だ。ガランとした空間の前端と後ろ端にはヒマワリが真っ黒に立ち枯れている。そこに何本か絡んで垂れた糸の緋色が目を射抜く。天井からも同じ緋色の紐が何本も垂れ下がっている。そこは、ひとつの戦争が終わった場所である。


(中央)ヘカベ-白石加代子  (コロス:後列左より)ダニエラ・ヴィッセル(Daniella Wircer)、
リヴカ・ミカエリ(Rivka Michaeli)、 (コロス:右前)エスティ・コソヴィズキィ(Esti Kosovizki)

この戦争は、ギリシャ神話で有名なトロイ戦争。ギリシャ人がトロイアとの戦争の折り、木馬の中に兵士をたくさん忍び込ませて敵国に潜入するという大胆不敵な作戦により大勝利を得たというものだ。ガンダムに出てくるホワイトベースの愛称「木馬」はここからとられているともいう、あの木馬である。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

ケイクス

この連載について

初回を読む
ケイクスカルチャー

木俣冬

関連記事

関連キーワード

コメント

Tweetがありません