フランスには「bisou bisou(ビズビズ)」という習慣がある。
いわばフランス式のあいさつで、まったくフランスらしいやり方をする。軽く抱き合い、ほっぺたにキスするまねをするように、お互いチュッチュッと音を出すのだ。
日本の関西みたいに人なつこい人が多いフランス南部では、5回も6回もチュッチュとやるらしい。友達同士で、同僚同士で、先輩後輩で……性別も年齢も関係なくビズビズする姿は、さすが愛の国といった感じだ。
もちろん、ルネおじいちゃんと義理の孫である私もビズビズをする。
「おいで、マ・ベル(私の美しい人)」
にこにこと両手を広げるおじいちゃんの頬は、背伸びしないと届かない。大きな樹にしがみつくようにおじいちゃんに抱きつくと、ムスクの香水がふくよかに香り、90歳らしからぬ厚い胸板が頼もしかった。
そんなたくましさも、きっと戦乱の世を生き抜くためだったんだろう。戦争を知らない80年代生まれの孫たちが、「昔は“戦争の学校”なんてものがあったの!?」と驚くのを見て、おじいちゃんは嬉しいと言った。そんなものを知らなくても生きられる世の中になったなんて、と。
「昔話として聞いてもらおうか。“戦争の学校”、PMSの話をね」
ルネおじいちゃんはソファにもたれ、パイプのけむりをふうっと吐いた。
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