日本の文庫出版を変えた編集者[前篇] 採録・大森望のSF喫茶

この春、スタニスワフ・レム『ソラリス』で通巻2000番を迎えるレーベル「ハヤカワ文庫SF」。〈SFマガジン〉の4月号では3号連続の大型特集「ハヤカワ文庫SF総解説」を開始し、この快挙を盛り上げています。
五反田ゲンロンカフェの人気シリーズ「大森望のSF喫茶」でも1月29日、この企画と連動する形でSF編集者ふたりが登場。まずは森優氏が立ち上げたSF文庫の黎明期に大森氏が迫ります。(協力:渡辺英樹)


— 今年の4月にハヤカワ文庫SFが2000番に到達するということで、今日はそれを記念して、45年の歴史を振り返るトークイベントを開催します。ゲストは森優さんと込山博実さん。ハヤカワ文庫SFの編集に長く携わってこられた、歴史の生き証人ですね。

 まずは2代目SFマガジン編集長の森さんに、ハヤカワ文庫SF(創刊当初はハヤカワSF文庫)の草創期について、詳しくうかがいます。また、先日お亡くなりになった平井和正さんとの関わり、『狼の紋章』刊行当時のお話などもうかがっていければと思います。

 もう一方の込山さんは、森さんが退社されてから2年後ぐらいに早川書房に入社されて、それ以来、何度か空白期間をはさみつつも、40年近くにわたってハヤカワ文庫SFの編集を担当。定年退職後の現在も、社外編集者として、いまもなお文庫SFを手がけています。だいたい最初の150番ぐらいまでが森さんの担当で、込山さんがそのあとの1850冊を見てきていることになりますね(笑)。

●SF文庫の誕生


〈SFマガジン〉1970年7月号発売の創刊広告

— では、創刊から番号順に、つまり時系列に沿ってお話をうかがいます。まずは創刊のころから。SF文庫の創刊は1970年8月。今から45年前ですね。森さんがSFマガジンの編集長に就任されてから、わりとすぐでしょうか。

森 ええ、初代の福島正実さんから引き継いですぐのころです。前からずっと温めていた企画でしたからね。私が早川に入社したのは1961年で、辞めたのが1974年。14年の在社期間のうち、後半の足かけ6年がSFマガジンの編集長をしていた期間でした。当時、早川書房にSF文庫はまだなくて。福島さんは、ご存じのとおり、一口に括れば、「SF文学路線」と言えるような路線を大事にされていた。

— SFを読み捨ての娯楽小説ではなく、新しい文学として定着させようと努力していた。

 たとえば、《世界SF全集》は福島さんの企画です。8巻までは福島さんで、福島さんの退社後、私が引き継いで、35巻で完結するまで出しました。このSF全集の第1巻が—。

— 『一九八四年』と『すばらしい新世界』。

 そうです。ジョージ・オーウェルとオルダス・ハクスリー。これでおわかりのように、福島さんは、まず文学性を非常に大事にしていたわけです。なぜかといえば、福島さんの時代、SFは今とは違ってマイナーなジャンルにすぎなかったから。私自身も経験しましたが、他のジャンルからは見下されていたし、文芸評論家もろくに扱ってくれないという時代でした。なので福島さんもかなり戦闘的になっていましたね。無理もないですが、傍で見ていてずいぶんハラハラしました。

 そういう福島路線で進んでいたとき、1969年8月号から私がSFマガジン編集長を引き継ぐことになりました。私は福島さんよりもはるかに漫画が大好きでしたし、SFは基本的に、荒唐無稽、奇想天外、センス・オブ・ワンダーだと考えていたものですから、大衆路線に方向転換することにしたんです。SFマガジンの表紙も、それまでの抽象的な絵画からがらりとイメージを変えて、具象画の描き手を何人も起用して、挿絵の数も増やすようにしました。SFマガジンが大衆的な路線を歩み始める、その初期段階で同時に始まったのが文庫SF企画なんです。


◎もり・ゆう 〈SFマガジン〉2代目編集長

 当時の早川書房といえば2階建ての木造家屋。社員数も今の3分の1ぐらいで、SFの部署には私がこれと見込んだ若い人たちがいたんですけど、文庫SFの企画を提案したときは、その部下たち以外はほとんど「文庫は無理だろう」と反対したんです。SF業界でも強く賛成してくれたのはただひとり、野田宏一郎(昌宏)さんだけでした。ほとんど孤立無援の状態だったんですが、当時の社長である早川清さんは「森優が言うんならやってみようじゃないか」と言ってくれたんです。ありがたかったですねえ。

— 当時は創元推理文庫のSF分類はすでに出ていましたが、早川書房は文庫を持っていなかった。まだ講談社文庫や文春文庫、集英社文庫も存在しないころです。早川書房の翻訳SFは、ポケットブック判の《ハヤカワ・SF・シリーズ》が柱でした。「銀背」と呼ばれたこの叢書は、ものすごく影響力が大きかったわけですが、部数的にはあまりふるわなくて、5千部、6千部のものが多かった、というふうに聞いています。

 だから文庫にして、もっと娯楽路線を強めれば部数が出るんじゃないかと思ったんです。社長さんだって経営者ですから、そういう意味もあって賛成してくれたんだと思います。それで、企画がそのまま通っちゃったの。

●有名漫画家たちが彩った黎明期

— それで1970年の5月、SFマガジン7月号に創刊予告が出たんですね。

 ええ。当時のSFマガジンは公称8万部売れていましたから(笑)、広告を見てくれた何分の1かが買ってくれたら、それだけでもやっていけると。

— SFマガジン史上でもいちばん売れていた時期ですね。実売でも5万部を超えていたとか……。SF文庫の最初のラインナップはいつごろから決めていたんですか?

 最初の少なくとも数十点は、前の年からある程度固めていました。福島さんの時代は娯楽路線でやっていなかったので、スペース・オペラやヒロイック・ファンタジイがほとんど手つかずだった。そこで、著作権条約の10年留保(1970年以前の作品で、原著刊行から10年のあいだ日本国内で正規に翻訳出版されていない作品は自由に翻訳できる)規定を使って出すことにした。だからある意味、やりやすかったですね。宝の山が眠っているようなものだったから。

— 翻訳権をとらずに自由に訳せる名作が選び放題だったわけですね。


最初の文庫SFラインナップ(SFマガジン1970年8月号広告より)

 そうして最初の5冊、初版を1万5千部で一気に出してみたらね、書店が「上限なしでいいからよこせ」って言ってくるんだ。あっちこっちの大書店からね。それで、社長や営業部がとても喜んでくれた。すぐ増刷をかけて、第2回の配本からは、いきなり5万部です。1点5万部、それをしばらく続けられました。

— すごいですね。1万5千部から一気に5万部!

 それで結局、人気が沸騰して、SFがマイナーからメジャーになるきっかけにはなったと思うんですね。今は本当に、あらゆる分野でSF的な発想が当たり前になっている。

— ハヤカワSF文庫の創刊当初の特徴のひとつは、ほぼすべて訳しおろしの本邦初訳作品ということです。単行本の文庫化とかではなくて、全部オリジナルで出している。それと、カバーイラストですね。1番の『さすらいのスターウルフ』は斎藤和明さんのアメコミタッチのカバー。今となっては当たり前になっていますけど、それまでの文庫の常識を打ち崩す、漫画的なイラストが多く使われています。しかも、モノクロの本文イラストに加えて、カラーの口絵もつくというスタイル。

 少なくとも、私がいた間はそのスタイルを通しました。最初はとにかく、創元推理文庫で《火星シリーズ》を描いておられた武部本一郎さんがうらやましくて、うちも《英雄コナン》シリーズで武部さんにお願いしようと。これは非常に受けましたね。あとはもうちょっと後に漫画家を起用するようになるんですけど、水野良太郎さんにエドモンド・ハミルトンの《キャプテン・フューチャー》シリーズを依頼しました。

込山 《ジェイムスン教授》シリーズの藤子不二雄さんにも森さんがお願いされたんですか?

 もちろんです。私は先ほども申し上げたように漫画が大好きで、下積み時代から自分から頼んで漫画の原稿を取りに行っていたんですよ。それが石ノ森章太郎さんであり、手塚治虫さんであり、という。依頼するようになってからは、漫画家の皆さんはだいたい例外なくSFがお好きなので、そこに付け込んで(笑)。画料は他社と比べても、絶対に安いんですよ。でも、みんな喜んで引き受けてくれましたねえ。1971年には松本零士さんの絵でC・L・ムーアの《ノースウェスト・スミス》シリーズが出て、これが例の零士タイプの美女が表紙なんですが、ものすごく売れました。やっぱり注文が殺到したのは、こういう漫画家さんたちの表紙が多かったと思います。


《後篇に続く》


SFマガジン隔月刊化第1弾の4月号は、好評発売中。
これまでより96P増の376ページ、税込定価1296円にておとどけします。
2000番到達記念特集「ハヤカワ文庫SF総解説 PART1 1~500」は、
117ページの完全保存版、496点すべての書影をカラーで収録しています。



SFマガジン

この連載について

ハヤカワ文庫SFを創った人々

大森望

この春、スタニスワフ・レム『ソラリス』で通巻2000番をむかえるレーベル、ハヤカワ文庫SF。〈SFマガジン〉4月号では3号連続の大型特集企画「ハヤカワ文庫SF総解説」によりこの快挙を盛り上げています。 五反田ゲンロンカフェの人...もっと読む

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Hayakawashobo 歴代のハヤカワ文庫SF編集者への、大森望さんによるインタビューを記事を一挙ご紹介! 「日本の文庫出版を変えた編集者」 ・前篇→https://t.co/I5Fmi4BrL3 ・後篇→… https://t.co/uwUzHGo9vs 約1年前 replyretweetfavorite

kokada_jnet .@miteguy こちらの対談で、森優氏がみずから語っていますね。> 約3年前 replyretweetfavorite

hirorin0015 『翼を持つ少女』の1章で触れた「素晴らしく先見の明のある編集者」は、やっぱり森優さんでした。 4年以上前 replyretweetfavorite