電気サーカス 第10回

まだ皆が電話回線とテレホーダイを使ってインターネットに接続していた時代。“テキストサイト”をはじめた“僕”は、常時接続と家庭内LANが構築されたマンションで、高校時代の友人、逆野やサイトで知り合った人々と共同生活を送っていた。

 母親は隣で見ていても切なくなるくらいしおれて、項垂れて、家に帰ると「えらいことも立派なことも何もしないでいいから、そんなの望んでないから、普通になって。迷惑をかけないで」とため息混じりに言う。
 僕は素直に普通に嘘偽りなく生きているつもりだったので、石や植物のようになれと言われているのだと受け取って、きっと僕がいない方が母は喜ぶのだろうと理解した。思春期になって運動部に入ってみたけれど、やっぱり学校では部でもクラスでも、本音で会話が出来る相手がいなくて警戒しながら冗談ばかり言っていたら、通知表には『友達が多い』と書かれていて、教師は何を見ているんだろうと可笑しかった。家に帰ると父は悪ふざけしか言わないし、母はため息ばかりついているし、弟たちは僕を頭がおかしい兄だと避けているから、会話そのものが存在しない。誰とも本当の話が出来なくて、僕は本ばかり読んでいた。どこか遠くの知らない人の書いた文章だけが、心のこもった本当の言葉を与えてくれた。大人になって少し誤魔化せるようになっても、やっぱり文字を書くことでしか思ったことが言えない。どうしてなんだろうか。単に僕の頭がおかしいだけでこんなことになってしまったのだとしたら、哀しいことだ。
 そうして今日もサイトに日記を綴っている。もうどれくらいインターネットに文章を流して来ただろう? 何度か名前やスタイルを変えたりしつつも、サイトを開設してからそろそろ一年が過ぎようとしていた。
 一年もやっていれば、どんなサイトでもよそのサイトからのリンクが増えて、テキストサイト界とでも言うべきか、そういった文章を書いたり読んだりする層にも少しずつ認知されて来る。何気なく閲覧したサイトから、僕のサイトがリンクされているのを見つけることもあった。ああいうのはそれなりには嬉しいものだけれど、不本意な紹介のされ方をして落ち込むことも多い。
 また、感想のメールが届く機会も増えて来たように思う。わけのわからんOLやら、女子大生やら女子高生からメッセージが届く。女ばかりが送ってよこすのは、話によると男性サイトには女性から、女性のサイトには男性からのメールが多いそうで、つまりそういうものなんだろう。書き手も読み手も若者ばかりだから自然なことだとはいえ、浅ましい話だ。虚しい話だ。「ファンです」「好きです」だなんて、そんな言葉を簡単に並べるのは信じられない。こういう人達は、本当に僕の文章を読んでいるのだろうか? そりゃ、異性からコンタクトがあれば嬉しいことは嬉しいのだけれど、わざわざ僕なんかに目をつけてメールを送る時点でどうかしていると思うよ。無視されるのは嫌いだし、貶されるのも嫌いだけれど、褒められるのも嫌いです。
 全く僕は、「他者を蔑む病」と「自己を蔑む病」という恥ずかしい二つの病によって、骨髄まで侵食されているから、こうなるんだ。こういう情けのない考えは、みっともない考えは、謹んでいかねばならぬ。しかし困ったことに僕には極端な露悪趣味もあるものだから、結局こうしてここに披瀝してしまう。サイトにもそのまま書いてしまう。そうしないと生きてゆかれないんだ。

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電気サーカス

唐辺葉介

まだ高速デジタル回線も24時間接続も普及しておらず、皆が電話回線とテレホーダイを使ってインターネットに接続していた時代。個人サイトで自己表現を試みる若者達がいた……。

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